叶わないと思っていた夢が目の前に…野球女子がNPBのユニホームを着た日
新谷博監督の夢でもあったNPB球団による支援、教え子が野球を辞める姿を見るのが「悔しかった」
「卒業した生徒が野球を辞めてしまうことがとても悔しくて……。野球を続けたら、きっといい選手になるだろうなという子が辞めていくのを毎年、見ている中で、なんとか続けられる環境を整備したいと思っていました。出口が卒業したくらいから、何とか一緒にやれる環境ができれば……」
そう考え始めてから、5年の月日が流れていた。そして、昨年9月。新谷監督のかつて所属していた西武から「支援したい」という連絡が入った。居郷球団社長が会見で「女子野球の受け皿となるチームがなかなかないので、できる限りのことはしたいと考えていた。ライオンズの名前を使っていただいて、女子野球の発展につなげてほしい」と話したように、温かい気持ちを受けた。新谷監督は「感謝しかありません。自分のやりたかったことがついに実現する」。NPB経験者として、女子野球との架け橋になれた喜びと、ライオンズの名前を汚してはいけないという重圧で背筋が伸びた。
六角は埼玉栄高校出身で、好きなチームは小さい頃からライオンズだった。「小学校の頃から、ゲームで選抜するような大好きなチーム。そのチームのユニホームを着てプレーができることにとてもワクワクしています」と終始、笑顔だった。自分が憧れのチームのユニホームを着られる日が来るとは思ってもいなかった。「ユニホームを着ている以上は、しっかりと責任を持って活動をしていこうと思いますし、女子野球人口も増えているので、女の子たちの目標となれるような存在になっていきたいです」と目を輝かせた。
発足は4月の予定。会見では多くの報道陣が集まり、その夢の瞬間に立ち会ったが、チームは現実ともしっかりと向き合わないといけない。彼女たちはプロではなく、アマチュア選手が集まるクラブチームの一員。選手たちは別の職に就いて、土日などの休みを利用して活動する。その中でしっかりと結果も出していかないといけない。新谷監督は「これからは責任、ライオンズの名前を背負う。今までの女子野球と変わったチームにならないといけない」と女子野球界の中では注目度が高いことを常に意識して活動していく決意を語った。
大きな使命感を持って、大きな船が動き出す。出口は「小学生のころ(NPBの)プロ野球選手になりたいという思いがあったんです。こうしてライオンズに支援をしていただいて、目標とされる存在になれたのかなと思います」とこれからも先頭に立って女子野球界をリードしていく。小さい頃からの夢だった真っ白なユニホーム。その姿は、野球少女たちの大きな希望となり、夢への出発点となった。
(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)