「僕の人生が変わった」 元G左腕が“幻のセンバツ”に泣いた球児に寄せる思い

巨人では1軍登板は叶わなかったが、引退後は中日の打撃投手を務める

 実際に5球団から調査書が届いた。周囲の薦めもあって早大に進学。左肘の故障で中退するも、手術後に巨人から育成2位指名を受けてプロ入りを果たした。1軍登板は叶わなかったが、引退後は中日の打撃投手を務め、計9年間プロ野球界に身を置くことができた。

「あのセンバツのおかげで、僕の人生が変わったのは確かです」

 だからこそ、この春に甲子園の土を踏めなかった球児たちの気持ちを考えると、胸が痛む。もちろん、安全を最優先に考えるとやむを得ない決断だったのは分かる。それでも、やるせない気持ちがあるのは皆同じ。「可哀想という言葉では片付けられないというか、自分が彼らの立場だったとすると…」。うまく言葉が出てこない。

 元高校球児のひとりとして言えるとすれば「高校野球は、3年間と終わりが決まっている。だから、最後に悔いが残らないようやり切ってほしい」。プロの世界と違い、勝ち負けが全てじゃないとも思っている。「一緒に汗も涙も流した野球部のメンバーとは絆が強い。今でも関係は続いています。大人になってあらためて思うのは、それも大きな財産なんだなって」。

 新型コロナの影響は、まだ終わりが見えない。現在、父が経営するバス会社の2代目として働く尾藤さんも、もろに影響を受けている。「いつまで続くのか…。何とか、夏までには終息してほしい」。せめて、集大成の夢だけは奪ってほしくない。元甲子園球児は、そう切に願っている。

(小西亮 / Ryo Konishi)

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