【消えた選抜からの道5】初の“聖地”が消えた加藤学園 あえて下宿に残った生徒たちの決断
移動時のリスクや隔離の難しさから、選手個々に親を交えて三者面談を実施
約40人の部員のうち、15人ほどが下宿生活を送る加藤学園。多くは同じ静岡県内の出身だが、なかには東京や関西など都市部からやってきた選手もいる。7都府県に緊急事態宣言が発令される直前、預かっている選手を地元へ返すか否か、米山監督は難しい判断を迫られていた。
「他の学校のように全部を封鎖してもよかったし、そっちのほうが楽だったかもしれない。でも、いずれは戻ってきたときのことも考えなければいけませんから。他校のようにしっかりした寮ではなく、下宿という環境のなかで2週間の隔離が果たしてできるのか。結局、うちが出した結論は親御さんも含めて生徒ごとに個別に考えを聞くということでした」
下宿生全員の親に連絡をとり、生徒も交え電話での“三者面談”を実施。移動時や帰省先でのリスクを踏まえ、11人は今も下宿に残る。下宿には米山監督をはじめスタッフが日替わりで当直。残ったメンバーも集団での練習はできないが、夏に向け選手間でミーティングを重ねている。
「やはり選抜がなくなって、夏のためにという思いがあるんでしょうか。結果的に3年生は全員残りました。野球部だけ特別なのかという声もありましたし、私たちにも何が正解か分からない。ただ、できるだけ本人や親御さんの意思を尊重してあげたかった」と苦しい胸中を語った米山監督。一度はあきらめた甲子園を、今度は自分たちの手で。本格的な練習ができないもどかしさのなかでも、選手たちは夏だけを見ている。
(佐藤佑輔 / Yusuke Sato)