王貞治の代打アーチ、四重殺、1イニング5奪三振… プロ野球史に残る“まさか”の珍記録

同じ投手から2試合連続代打サヨナラ本塁打も…

○1イニング5三振

 野球は3アウトでチェンジだから、1イニングに取れる三振は3つまでのはず。しかし、振り逃げの場合は、アウトはつかないが、三振の記録は残る。理論上は、振り逃げが続けば、三振数も無限に増える可能性がある。

 1軍公式戦では、1イニング4奪三振は26例(単独の投手によるものは、24人25例)。5奪三振以上は1度も記録されていない。しかし2軍では、5奪三振が1度あった。2010年5月8日のイースタン・リーグ楽天-日本ハム戦(利府球場)で、7回に登板した楽天・木谷寿巳は、先頭の佐藤賢治を三振。岩舘学も三振に仕留めたが、暴投で振り逃げを許した。続く市川卓を三振。杉谷拳士も三振に取ったが、再び暴投による振り逃げで生かした。そして中島卓也から三振を奪い、この回5奪三振を記録したのだ。

○同じ投手から2試合連続代打サヨナラ本塁打

 豊田泰光といえば、黄金期の西鉄ライオンズ(現西武)のスター選手だが、1963年に国鉄(のちサンケイ、現ヤクルト)に移籍。65年以降は右ひじの故障でスタメン落ちすることが多くなっていた。

 サンケイは68年8月24日の中日戦(神宮)で、3-4の劣勢で9回裏を迎えた。相手投手の山中巽に対し、走者一塁でサンケイ・別所毅彦監督は兼任コーチでもある豊田を代打に送る。豊田はカウント3-1から、左翼席に逆転サヨナラ2ラン。これが自身初の代打本塁打だった。翌25日の同カードは、3-3で延長戦に突入。中日のマウンドには9回からやはり山中が上がり、10回裏1死一、二塁で、またもや豊田が代打で登場した。そしてカウント2-0から、左翼席へサヨナラ弾。豊田は試合後、頬をつねって見せ「うん、やっぱり痛い。夢じゃない」とおどけた。

 2試合連続代打サヨナラ本塁打は、ヤクルトの後輩の若松勉が77年6月12日、13日の広島戦で記録しているが、同じ投手から打ったのは豊田だけだ。

(広尾晃 / Koh Hiroo)

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