南米で働く1人の日本人トレーナー 異国で国歌独唱まで任されるワケとは…
治安の悪いベネズエラ、国会斉唱は「良かったなと思いますね」
その後もマガジャネスでの国歌独唱は続き、いつしか年に1度の恒例行事となっていった。国歌独唱時の連勝記録はもうストップしたが、今でも高い勝率を誇る。本間氏はまだカリビアンシリーズで優勝を経験したことがなく、チームの一員として、カリブの頂点に立つ日を夢見ている。「選手も含め、日本人でカリビアンシリーズで優勝を経験した人はまだ1人しかいない。僕もそれを味わいたいんです」。06年オフにドミニカ共和国のアギラス・シバエーニャスでトレーナーを務めていた、現DeNAチーム統括部人材開発コーディネーターの住田ワタリ氏が、同大会で優勝を経験した唯一の日本人。本間氏は先人の住田氏に続くためにも、ゲンのいい自らの歌声を封印するつもりは全くない。
「ベネズエラは今、治安が悪く、物が満足に手に入らないので、首都カラカスの空港から入国すると、荷物検査で言いがかりをつけられて、米ドルや仕事に必要な薬を取られてしまうこともあるんですが、マガジャネスの地元の空港から入国すれば、チームのファンの職員が顔を覚えてくれているので、荷物を盗まれることもない。そこは良かったなと思いますね」
毎年の国歌斉唱でファンに顔が知られるようになり、それが入国時の身の安全にも繋がっていたのだ。
もちろん、本業のトレーナーとしての評価も高い。19年秋にはプレミア12に出場したベネズエラ代表のトレーナーも務めた。同国代表チームからは、コロナ禍の影響で延期された東京五輪米大陸予選も打診されており、今や同国を代表するトレーナーの1人。異国の地でも臆することなく飛び込んでいける明るさとノリの良さが、海外で仕事を続けられる秘訣だ。
本間氏がベネズエラのウインターリーグで働いていたのは17年まで。18年は米国からの経済制裁の影響でチームが資金難となり、外国人スタッフを雇えなくなり、07年から続いていた同国での連続勤務は11年で途切れた。19年もMLBがすべてのメジャー傘下の選手、スタッフにベネズエラの同リーグに参加することを禁じたため(この規制は同リーグのレギュラーシーズン終盤に解除)、2年続けて涙を飲んだ。
「僕にとってベネズエラは第2の故郷みたいなもの。もしチャンスがあれば、また行きたいですね。もちろん国歌も歌いたい。国の情勢が絡んでくるので、自分の思いだけではどうにもなりませんが、うまくいくことを願っています」
この冬、3年ぶりにチームに戻れる日を今から楽しみしている本間氏。その先には、7年ぶりのカリビアンシリーズ出場という目標もある。今オフ、同大会に出場予定なのは、ドミニカ共和国、メキシコ、ベネズエラ、プエルトリコ、コロンビア、パナマの6か国。各国のウインターリーグに参加する計40近いチームの頂点に立てる日を、心待ちにしている。
(福岡吉央 / Yoshiteru Fukuoka)