父は通算474本塁打 フジ田淵裕章アナが野球を諦めた森本稀哲の衝撃
プロ野球実況の舞台裏「緊迫した試合は誰が話しても、いい中継になる」
実況者のやるべきことは数多い。試合中に話題になるデータやパーソナル情報は、ほとんどが手作りの資料や取材によるものだ。「『実況中はディレクターがカンペを出しているんですか』とよく聞かれるのですが、それは違って、多くは自分で考えています。結構驚かれるのですが……。データ、資料も全部自分で作ります」。同局の大先輩である三宅正治アナウンサーからは「資料を作り終えたら90%の仕事は終わっている。残り10%は目の前の試合を実況で伝えること」と教えられた。それくらい、試合に臨むにあたっての資料が実況アナウンサーには大事なのだという。
時間をかけて作る資料だが、これを使えば使うほど、実況としては良くないものだという。「資料はあくまでも過去のデータ。実際には新しい出来事がスタートしているので、資料は用意しますが、ほとんど使いません。先輩には『作った資料を3割、4割使ったら、その中継はダメ。生中継の意味がない』と厳しく言われました」。緊迫したゲーム展開であれば、リアルタイムの状況だけで実況は成り立つ。難しいのは大味な試合展開。そこでいかに資料だけに頼らない実況ができるか。実況アナウンサーの腕の見せ所でもある。
実況アナウンサーは、他のアナウンサーが実況する試合をチェックして勉強する。田淵アナ曰く、この時も緊迫した好ゲームを見ることは少ないという。「緊迫した試合は誰が話しても、いい中継になるんです。見るのは、序盤で大差がついたような壊れた試合。こういう試合で、実況者がどう組み立て、目を付けて、解説者に話を聞くか。そこに注目して勉強します」。大味な試合こそ、実況者の力、特徴に差が見える。
新型コロナウイルスの感染拡大により、開幕が延期となっていたプロ野球。当然、実況アナウンサーである田淵アナも取材に出かけることはできなかった。そのため、この期間中は実況の質を上げるために時間を費やした。「今は準備するしかない。アウトプットができないのでインプットすることを重点的に行っています」と、各球団、選手たちの資料を徹底的に分厚くした。過去の実況を振り返り、改めて反省、検証も行った。
プロ野球は6月19日に開幕を迎えることになった。田淵アナにとっても、ようやくプロ野球を実況できる日々が戻ってくる。6月12日のヤクルト対楽天の練習試合では久々に実況を務める予定となっている。「アナウンサー個人として、いつ始まってもいいように準備しています。プロ野球が開幕した時に、実況の技術など、改善しようとしたことをまとめて発揮し、いい中継に繋げたいというのが実況アナウンサーとしての思いです」。苦しい日々を送ってきたのは実況アナウンサーも同じ。新たな実況アナウンサーとしての姿を見せたいと願っている。
田淵裕章(たぶち・ゆうしょう)
1981年11月9日、埼玉県所沢市生まれ。38歳。青山学院大学から2005年にフジテレビに入社。「笑っていいとも!」や「バイキング」などに出演し、現在はプロ野球以外にも様々なスポーツ実況を務めている。