代替大会は単なる思い出作りではない 真剣勝負ゆえ…選手が抱える葛藤
プロ志望の選手、高校野球で区切りをつける選手、それぞれの代替大会
第102回全国高校野球選手権大会の中止が決まり、約1か月。代替大会、引退試合、上の舞台、将来の夢……。球児たちも気持ちを切り替え、新たな目標に向かってそれぞれのスタートを切っている。新型コロナウイルスは彼らから何を奪い、何を与えたのか。Full-Countでは連載企画「#このままじゃ終われない」で球児一人ひとりの今を伝えていく。
甲子園未出場ながら現阪神の大山悠輔、現広島の長井良太らこれまで7人のプロ野球選手を輩出してきた茨城県・つくば秀英高校。茨城では代替大会の開催が決定しており、今は3年生部員20人全員で7月11日から始まるトーナメントへ向け日々練習を続けていが、最後の夏に臨む選手の思いも様々だ。
1番打者の林仙龍(はやし・せんりゅう)は、中学時代は関西の強豪・兵庫北播シニアで2年連続で全国大会出場を経験。強豪校からも多数の誘いがありながら、地元神戸を離れ選手育成に定評のあるつくば秀英を選んだ。父は1981年、銚子西の1番打者として創立5年目で甲子園出場を果たしており、聖地へかける思いもひとしお。それだけに「うすうす予感はありましたが、甲子園がなくなったときは目の前が真っ暗になった。自分も大観衆の中で活躍したい。大学でやり返したい思いが強いです」と語る。
大学でプレーを続け、いずれはプロを目指す林にとって、代替大会は貴重なアピールの場。そんな仲間の思いを知るからこそ、自身の出場を素直に喜べない選手もいる。林と同じく神戸からつくば秀英に入学した控え投手の岡野幸樹は、卒業後は野球に区切りをつけ、消防士の道を目指す。代替大会が決まった当初、3年生主体での出場にこだわる部の方針には複雑な気持ちもあったという。
「大学で野球を続けるメンバーにとって、代替大会は進路にも影響する本当に大事な試合になると思うんです。3年生だからという理由で自分もベンチに入れるのがうれしい反面、本当に勝ちにこだわるなら実力のある下級生をメンバーに入れたほうがいいはずなんです」と岡野。その後選手主導で思いのたけをぶつけるミーティングを何度も重ねたといい、「自分ができることは何か、今まで以上に考えるようになりました。今は投手として登板ができなくても、少しでもメンバーを休ませられるように外野の練習をしています」と最後の夏をチームへの献身に捧げるつもりだ。
レギュラー、控え選手、野球を続ける者、高校限りで終える者。夏の大会中止という前例のない状況のなかで様々な価値観が浮き彫りになるなか、選手たちは答えのない正解を模索するかけがえのない日々を送っている。
(佐藤佑輔 / Yusuke Sato)