MLB挑戦が「失敗だったと言われてもいい」 五十嵐亮太氏の“苦しかった”3年間
メジャー移籍は「失敗と言われてもいい」大切なのは失敗を次に生かせるか
自ら積極的に動いた2012年で米国に区切りをつけ、ソフトバンクと契約を結び、NPBに戻ってきた。メジャー3年で83試合に投げ、5勝2敗4ホールド、防御率6.41。決して納得のいく成績ではなかったが、それだけに「これを日本で生かさないといけないと思った」と振り返る。
「アメリカで自分のやりたいようにやって、結果が伴ったかといえばそうじゃない。これを生かさなければ自分のやってきたことは何だったのか。ここでも必死でしたね。僕はメジャー行きが失敗だったと言われてもいいと思っています。自分でも結果は大事だと思うので。ただ、その失敗を次に生かせるのか、失敗のまま終わらせるのか、これが大きな分かれ道。失敗しても次の成功に繋げればいい話で、その成功は何かと言えば、結果ですよね。だから、日本に帰ってきてから、めちゃくちゃ結果にこだわりました」
NPB復帰2年目の2014年にはリーグ最多の44ホールドを記録。引退までの8シーズンのうち5シーズンで年間45試合以上に登板し、3シーズンは防御率1点台、2シーズンは2点台の好成績を収め、ソフトバンクでは4度日本一を経験した。有言実行。失敗から得た学びを成功に繋げた。
アップダウンもありながら、まるでジェットコースターのように楽しく刺激に溢れた23年のキャリア。そこで経験したことは何ひとつ無駄になっていないという自負がある。自身と同じ道を歩めとは言わないが、プロ野球界の後輩たち、そして野球界の未来を担う子どもたちには「選択肢は多くあることを知ってほしい」と話す。
「アメリカに行った時、ここは自分で選択する国なんだと思いました。例えば、サンドウィッチを買いに行くと、パンの種類、入れる野菜、ハムなのかチキンなのかツナなのか、全部自分で選ばなければいけない。日本人にとっては面倒臭いかもしれないけど、ああいう考え方は大事なのかなと思います。僕は日本でしか野球をしていなければ、その選択肢の多さにも気付かなかったかもしれない。アクティブに活動することがいいと思う人も、そうでない人もいると思うので、もちろん押しつけはしません。でも、ウインターリーグへ行くのもひとつ、アメリカへ行くのもひとつ、選ぶか選ばないかは自分次第で、いろいろな選択肢があることは知っておいてほしいですね」
いろいろな選択肢を吟味しながら、自分の道は自分で切り拓く。人生の新章を歩み始めた五十嵐氏が、今後どんな選択をしていくのか。その意志決定の土台には、米国での3年が大きな影響を与えていると言えそうだ。
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(佐藤直子 / Naoko Sato)