「最後の夏は2人で…」争ったエースナンバー、智弁学園左右2枚看板の物語

「背番号で試合するわけじゃないんで、2人が投げてそれで1試合勝てればいい」

「あまり調子が良くなかった」という小畠は初回に先制点を許す。それでも「1アウトずつ取っていこう」という植垣洸捕手(3年)の言葉でボールを低めに集め打たせてとる投球に。2回から5回まではランナーを1人も許さなかった。しかし、ここで身体に異変が起きた。「両手、両足が少し痺れていた」とこの日の奈良県の最高気温34.3度の暑さが襲い掛かる。

 6回、7回に1点ずつを失い、8回は「気力で」3者凡退に抑えたが限界だった。6-3と3点リードで9回のマウンドへは西村が向かった。「少し緊張していた」という左腕はこの回、高田商の先頭、4番・米田崚一外野手(3年)と5番・山中優輝内野手(3年)に二連打を浴び6-4。その後2死一、三塁と同点のランナーを背負った。「気持ちしかないぞ!」小畠がベンチから声を振り絞った。その言葉を背に西村はギアをあげた。その気迫のボールに対し、代打・杉山太翼選手(3年)のバットが、空を切った。

 マウンドに駆け寄った瞬間から涙が止まらなかった。「ほっとした気持ちが一番です。申し訳ない気持ちと嬉しさとほんの少しの悔しさと」。色々な感情が込み上げてきた。

 濡れた頬がようやく乾いたのは閉会式が始まってからだった。そんな小畠に「ほんまにありがとう」と西村は声をかけた。「もう今は背番号にあまりこだわらないです。背番号で試合するわけじゃないんで、2人が投げてそれで1試合勝てればいい」。聖地では何度も涙を流してきた。智弁学園で紡いだ2枚看板の絆。集大成は4度目の甲子園だ。

(市川いずみ / Izumi Ichikawa)

市川いずみ(いちかわ・いずみ) 京都府出身のフリーアナウンサー、関西大学卒。山口朝日放送アナウンサー時代には高校野球の実況も担当し、最優秀新人賞を受賞。学生時代はソフトボールで全国大会出場の経歴を持つ。

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