故障しても、控えでも…目指せるプロ入りの道 ヤクルト3位指名の右腕が示す新たな形
故障の治癒で再び戻った「野球が楽しくて」という感覚
「希望に溢れた手術でした」とは言うが、同時に「思った以上にしんどかったです」と笑う。左手首の腱を右肘に移植したため、術後1週間は両腕が固定された状態となり、「風呂に入るのも洗濯するのも、寮で同じ部屋だった仲間が手伝ってくれました。本当に感謝しています」。食事は利き手ではない左手でするか、肘の曲がらない右手に持ったスプーンやフォークに顔を近付け、なんとか口に入れた。
キャッチボールを始めたのは、日通に入ってから。「そこからの方が長くて、苦しかったかも」という。
「久々にボールを投げる怖さがあって、投げるたびに肘の内側だったり外側だったり、いろいろな場所が痛くなる。まさに一歩進んで二歩下がるの繰り返しでした。手術を経験した人に聞くと、良くなるために避けては通れない道みたいですけど痛かったです。キャッチボールは高山(亮太)コーチがずっと相手をしてくれました。マンツーマンで見てくれて、本当に有難いことですよね」
キャッチボールの距離を延ばし、平地から傾斜がついた場所に投げる場所を変え、半年も経つとマウンドから打者を相手に投球できるようになった。この頃になると、怖さは楽しさに変わっていた。
「楽しさの方が大きかったです。手術から1年半以上経っていたし、大学入学から故障を繰り返した3年間もあったので、本当に長かった。だから、今も投げることが本当に楽しいんですよね。野球が楽しくて」
今年5月のJABA東北大会で、高校生以来となる公式戦に登板すると、これまで内に秘めていた才能が一気に花開いた。最速156キロの力強いストレートを武器にした攻める投球でクローザーを拝命。八面六臂の活躍でドラフト注目株となった。
「指名されても、もう少し後かと思っていました」。10月11日のドラフト当日。会見場にいながらも、どこか他人事のようにテレビ画面を眺めていた柴田が我に返ったのは、3位指名の時だ。12球団の先陣を切ったヤクルトが「柴田大地」と指名した。
「すごく驚きましたし、うれしかったです。プロになりたいとは思っていたけど怪我が続いて、社会人でようやく野球ができた。たくさんメッセージもいただいて、本当にみんなに喜んでもらいました」