いま明かされる「もしもし甲斐です」の真相 東京五輪の金メダルに導いた“ウラ技”
イニング間は90秒以内に制限されており「何かを省かないといけない」
「結果的に打ち取りました、ではダメなんです。やっぱりちゃんと伝えてやらないといけないんだって思いました」と痛感した甲斐。とはいえ、攻守交代の時間はわずか90秒。イニング間の投手交代も90秒以内に制限されていた。この間に投手はリリーフカーに乗って登場し、マウンドをならし、そして投球練習を行う。準備に時間がかかり、たった2、3球で投球練習を打ち切られる投手もいた。
「投手にはマウンドでちゃんと準備させないといけない。何かを省かないといけないとなったときに(マウンド上で)話すのを省こうと思いました」。とはいえ、投手との意思疎通は絶対に必要だった。「伝えていれば投手もある程度腹をくくれるけど、伝えていないと投手も不安になる。僕は勝負してほしいのに、投手は不安に感じてボールにしようと思うかもしれない。そこの違いは絶対あるんです。それに初球内角に行きます、と伝えていれば、しっかり投げておこうとブルペンでの投球内容も変わるかもしれない」。そういった思いも甲斐にはあった。
ブルペンに電話するタイミングによっては、登板予定の投手が既に肩を作り出していることもある。その時は手が空いているブルペン捕手に間に入ってもらう“伝言ゲーム”のような形で投手とコミュニケーションを図った。例えば、決勝のアメリカ戦。先発の森下が5回を無失点に封じると、千賀滉大(ソフトバンク)、伊藤が無失点リレーを続け、8回には岩崎が上がった。
アメリカ打線はDeNAのオースティンから始まり、カサス、フレイジャーと続く打順。7回裏の攻撃中に、甲斐は岩崎とポイントになるカサスについてこう電話で会話した。「カサスは対左投手になるとインコースはまず詰まります。内の真っ直ぐをいった後に、スライダーを空振りさせるように投げてもらいたいので、内の真っすぐを初球から行く準備しといてください」。甲斐のプランを聞いた岩崎もこれに同意。攻め方の意思統一を図り、実際に空振り三振に仕留めている。
突如始めたように思われるかもしれないが、実はこれまでの甲斐の経験に基づいたもの。「ホークスでもやっているんですよね。例えば千葉のZOZOマリン。千葉もブルペンがレフトにあるんで、電話して森(唯斗)さんとかと話しています。その経験があったんで『あ、電話すればいいや』と。珍しいことだと思わなくて、あそこまで注目されると思わなかったです」。ここにも意外な真実が隠されていた。
日本中を興奮させた東京五輪での金メダル。その立役者となった甲斐が編み出した「もしもし甲斐です」。日本中の注目を集めた“ウラ技”には、幾つものドラマが潜んでいた。
(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)