監督から投げつけられた帽子「俺のサインに不服か?」 終焉覚悟したプロ人生の危機

91年に土井正三監督が就任…送りバントでの“動作”が怒りを買った

 阪急は1989年にオリックスになった。その後、ブレーブスがブルーウェーブになり、1991年シーズンには元巨人のV9戦士、土井氏が監督に就任した。「その頃は福本さんも引退していたし、簑田さんも巨人に行っていた。これがラストチャンスかなって思っていたんですが……」。南牟礼氏は土井監督と波長が合わなかったという。「正直、巨人の話ばかりするので、うっとうしかったんです」。

 土井監督のノックも「ここは巨人じゃないぞぉ」とやじりながら受けていた。「みんなわーわー笑うし、調子に乗ってぎゃーぎゃー言っていたんです。土井さんもどんどんエキサイトして、僕はレフトにいるのにセンターに打ったりしていましたね」。

 そんな状況でも開幕1軍を勝ち取ったが、すぐに“事件”が起きた。日本ハム戦の8回無死一、二塁。代打で出て送りバントに失敗。シフトを敷かれたため、いったんバットを引いてからバントを試みたが、うまくいかなかった。試合後、コーチ室に呼ばれた。

 部屋に入ったら、土井監督から「お前、あれは何のサインや」と聞かれた。「送りバントです」と答えると「ここにいるコーチ全員がそう見えないんだよ。俺のサインに不服があるのか!」と帽子を投げつけられたという。そして「『俺の目の黒いうちは野球できないようにしてやるからな。覚悟しとけ!』って言われたんです」。

 南牟礼氏は「あの時は、終わったと思った。女房にはクビかもしれんって電話しました」と振り返る。だが、この一件の後、“念願”がかなうことになる。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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