高3夏に「もう野球やめる」 先発100勝&100セーブ、後の大エースが歩いた“回り道”|球界群像 佐々岡真司#1
高3夏に「もう野球やめる」 先発100勝&100セーブ、後の大エースが歩いた“回り道”|球界群像 佐々岡真司#1
曲げない“オレ流”に直訴「これでは無理です」 最初で最後の落合監督との電話|球界群像 高代延博#12
今年から大阪経済大学の硬式野球部監督を務める高代延博氏は、2004年から2008年まで中日コーチを務めた。指揮官はそのシーズンに就任した落合博満氏。沖縄・北谷キャンプ初日に…
「酒でも飲みながら」 福留孝介の悩みを聞くはずが…潰されて「おんぶしてもらった」|球界群像 高代延博#11
元メジャーリーガーで強打、好守の外野手として中日、阪神などでも活躍した福留孝介氏はプロ入り当時はショートだった。決して上手ではなく、当時、中日の1軍内野守備走塁コーチだった…
大投手と意見が“対立”…ほくそ笑む指揮官「やっとったのう」 実感したコーチの役割|球界群像 高代延博#10
元日本ハム、広島内野手の高代延博氏はコーチ時代に多くの監督に仕えた。山本浩二氏、三村敏之氏、大島康徳氏、山本功児氏、落合博満氏……。1999年から2001年までは星野仙一監…
忘れられぬ教え子の死「ショックだった…」 コーチ就任を決断させた電話でのやりとり|球界群像 高代延博#9
広島を皮切りに、中日、日本ハム、ロッテ、侍ジャパン、韓国プロ野球のハンファ、オリックス、阪神でコーチを務めた高代延博氏には教え子も数多い。元広島、阪神の金本知憲氏が「広島時…
楽天監督になるはずも…「背中が痛い、無理やわ」突然の訃報 忘れられない恩人との日々|球界群像 高代延博#8
元広島監督の三村敏之さんは2009年11月3日に心不全のため亡くなった。当時は楽天のチーム統括本部編成部部長。61歳だった。広島、中日などでコーチを務めた高代延博氏にとって…
トイレで密かに朝食…周囲にバレたら絶望 辞任を許されぬコーチの壮絶な日々|球界群像 高代延博#7
“日本一の三塁ベースコーチ”と称される高代延博氏は1978年ドラフト会議で日本ハムに1位指名され、東芝から入団した。1年目にショートのレギュラーを獲得し、ダイヤモンドグラブ…
行き場失った内川…走塁コーチの“懺悔” 絶たれたWBC3連覇、脳裏にこびりつく悔恨|球界群像 高代延博#6
2013年の「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」といえば、第2ラウンド・台湾戦(3月8日、東京ドーム)で侍ジャパン・鳥谷敬が敢行した盗塁も語り継がれる名シーンだ…
糸井の言葉に絶句「何してるんですか?」 這いつくばって進塁阻止…WBC名場面の舞台裏|球界群像 高代延博#5
元日本ハム、広島内野手の高代延博氏は現役引退後、中日、阪神など多くの球団でコーチを務めた。2009、2013年の「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」では侍ジャパ…
韓国と繰り広げた究極の“情報戦” 決勝戦は「いつもと逆に」…宿敵との5戦目で秘策|球界群像 高代延博#4
2009年の「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」で日本は韓国と5度も対戦した。東京ドームでの第1ラウンドでは14-2の7回コールド勝ちと0-1敗戦。ペトコ・パー…
「ここは出るらしい」 ダルビッシュは部屋移動…青木の一言で勃発した“お化け騒動”|球界群像 高代延博#3
侍ジャパンが優勝した2009年のワールド・ベースボール・クラシックWBC)準決勝の米国戦、決勝の韓国戦で抑えを務めたのは当時日本ハムのダルビッシュ有投手だ。決勝では9回裏に…
ダルビッシュが“イジられた”14年前 V2の重圧の中で…結束強めた松坂のひと声|球界群像 高代延博#2
元侍ジャパン内野守備走塁コーチで、現在、大阪経済大学硬式野球部監督の高代延博氏は2009年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に向けた日本代表の宮崎合宿初日のこと…
イチローはベンチを「1回も見なかった」 歓喜の中心にいるべき“日本の象徴”の苦悩|球界群像 高代延博#1
そこには日の丸の重圧に苦しんだ分以上の喜びがあった。頂点に立った時、日本中が沸いた。まさにすべての力を結集してつかんだ。「日本一の三塁ベースコーチ」と称される高代延博氏は2…
後輩は“OK”なのに…「お前はまだ早い」 なぜか許可されず、叱り続けた闘将の思惑|球界群像 山本昌#11
「あのピッチャーが50歳まで現役を続けるなんて」「200勝するなんて」……。失礼ながら、山本昌氏の4年目までの“初期時代”を知る関係者からはこんな声がよく聞かれる。言い換え…
自腹指令でヤケクソの贅沢渡米「頭にきた」 朝までデニーズで激論…大恩人への感謝|球界群像 山本昌#10
50歳まで現役を続け、NPB通算219勝をあげたレジェンド左腕・山本昌氏の恩人・アイク生原さんは1992年10月26日に胃がんのため亡くなった。まだ55歳の若さだった。ドジ…
負けたら米国へ“強制送還” 「確信に変わった」はずが…極限状況で大珍事「嘘だろ」|球界群像 山本昌#9
西武・松坂大輔投手はオリックス・イチロー外野手との初対決(1999年5月16日、西武ドーム)で3三振を奪い、試合後のヒーローインタビューで「自信から確信に変わった」と発言し…
突然の命令に「クビになるかも…」 帰国拒否も「お前、帰って来い」揺れたNPB復帰|球界群像 山本昌#8
1988年8月、星野仙一監督率いる中日はセ・リーグ首位を快走していた。そんななか、ドジャースに留学していた山本昌氏は日本に呼び戻された。リーグ制覇に向けて、さらに戦力を底上…
恩人は消息不明「探してもらったけど…」 米で習得…内野手が教えてくれた最強の武器|球界群像 山本昌#7
スクリューボールは元中日投手・山本昌氏の大きな武器だった。プロ5年目の1988年、ドジャース留学中に習得した。その後の野球人生を考えれば、この球種があるか、ないかで大違い。…
米修行でも酷評「横手投げか運転手に」 屈辱の球拾いも…数か月後の”大変身”|球界群像 山本昌#6
流れが大きく変わったプロ5年目。50歳までプレー、通算219勝を挙げたレジェンド左腕・山本昌氏が飛躍へのきっかけをつかんだのが1988年のドジャース留学だった。行く時はショ…
OP戦開幕投手もKO「死ぬまで走っとけ」 暗闇の“罰走”&闘将からの予期せぬ通告|球界群像 山本昌#5
星野仙一氏が中日監督に就任したことが、レジェンド左腕・山本昌氏の野球人生には大きなプラスとなった。だが、最初からうまくいったわけではない。就任1年目の1987年シーズンはわ…
全力投球に屈辱のひと言「いつ本気で投げる?」 くすぶる若き日…219勝左腕の”転機”|球界群像 山本昌#4
プロ1年目から4年目までは1軍で0勝。毎年、クビを心配していた左腕が50歳までプレーし、通算219勝をマークした。元中日投手の山本昌氏の野球人生は、まだまだくすぶっている若…
KEYWORD