公衆の面前で監督が激怒「チャラチャラしやがって」 田村勤氏の決断…先輩との“決別”|球界群像 田村勤#7
公衆の面前で監督が激怒「チャラチャラしやがって」 田村勤氏の決断…先輩との“決別”|球界群像 田村勤#7
フォーム変えなきゃ「お前を使わん」 KO続きで最後通告…監督からの“強制命令”|球界群像 田村勤#6
運命を変えた社会人野球入りだった。元阪神、オリックス左腕の田村勤氏は静岡・島田高から駒沢大に進学したが、伸び悩み、結果を残せなかった。東都大学リーグでの通算成績は29登板で…
突如イップスを発症「藤浪の気持ちが分かる」 入らないストライク、止まらない罵倒|球界群像 田村勤#5
懺悔するしかなかった。元阪神、オリックス投手の田村勤氏は駒沢大では力を発揮できない日々が続いた。左の本格派投手として期待され、特待生で入学したが、試合でカーブがすっぽ抜けた…
サヨナラ弾で終了「なめていた」 意中の球団は動かず…“放心状態”も父の一喝で大学入り|球界群像 田村勤#4
最後は、まさかだった。元阪神、オリックス投手の田村勤氏は静岡・島田高で甲子園出場は果たせなかった。1年夏からベンチ入り、2年春の静岡大会4強入りが最高成績。エースとして臨ん…
名門進学を拒否「怖かった」…選んだ“無名校” 田村勤氏が学園ドラマに植え付けられた恐怖|球界群像 田村勤#3
現役時代に阪神、オリックスで活躍した左腕・田村勤氏は、静岡県榛原郡川根町立川根中学から県立島田高校に進学した。中学でエースとして静岡大会優勝も経験。多くの高校から誘いがあっ…
小学5年で中学生圧倒「嫌な顔された」 剛球の原点は“江川伝説”…田村勤が挑戦し続けた無茶な遠投|球界群像 田村勤#2
元阪神守護神の田村勤氏は幼い頃、近くの川でよく「石投げ」や、石を川面で何度もジャンプさせる「水切り」で遊んだという。社会人野球・本田技研時代にオーバースローからサイドスロー…
虎の伝説守護神がまさか…「巨人の星」で“教育” 感化された熱血の父「無理だと思うまでやれ!」|球界群像 田村勤#1
左のサイドスローで愛称は「たむじい」。帽子を目深にかぶり、雄叫びを上げながらキレッキレのボールを投げ込み、三振の山を築いた伝説の阪神守護神が田村勤氏だ。プロ2年目の1992…
直前で“さらわれた”ドラ1指名 50年経ても引きずる悔しさ、中日が逃した剛腕投手|球界群像 法元英明#17
中日元外野手の法元英明(ほうもと・ひであき)氏は1968年シーズン限りで現役を引退し、スカウトに転身した。2000年に退職するまで、2軍監督などを務めた時期を除き、フレッシ…
幻となった「中日・松井秀喜」 担当スカウトが見誤った”B評価”も…突然のオーナー指令|球界群像 法元英明#16
プロでは故障もあって投手として伸び悩んだ井上は1994年、本格的に野手転向。「(2軍打撃コーチの)飯田(幸夫)だったかな。『法元さん、井上をバッターに変えたいと思います』と…
幻の“中日・古田敦也” 2度の指名チャンスも断念…法元英明氏が危惧した共倒れ「幸せにならん」|球界群像 法元英明#15
中日の1987年ドラフト1位はPL学園・立浪和義内野手で、1989年の1位はNTT東京の与田剛投手。2人とも新人王に輝き、ドラゴンズの中心選手として活躍した。引退後に中日監…
落合の巨人入り阻止…煽り受けた守護神「やめよかな」 説得拒否した伝説スカウト・法元英明氏の親心|球界群像 法元英明#14
中日の伝説のスカウト・法元英明(ほうもと・ひであき)氏にとって、担当して獲得した選手は身内みたいなものだ。そういう意味でも、つらく悲しい気持ちにさせられたのが、1979年ド…
中日ドラ2指名に激怒「もう来ないで」 拒否→進学打ち出すも…大逆転呼んだ“密会”|球界群像 法元英明#13
感激の入団OKだった。中日元外野手で伝説のスカウト・法元英明(ほうもと・ひであき)氏がドラフト指名後に急きょ担当となって動いたのが、石川・星稜高の小松辰雄投手(現・中日OB…
法元英明氏は練習試合だけで…中日ドラ1は「こいつしかおらへん」 父親がまさかの“契約金拒否”|球界群像 法元英明#12
1976年の中日ドラフト1位は滋賀・堅田高の都裕次郎投手だ。甲子園出場経験なし、2年春の滋賀大会ベスト4が最高成績で全国的には無名の左腕だったが、1982年に16勝を挙げて…
ドラ1の秘蔵っ子がトレード「悲しかったなぁ」 中日トップとの“亀裂”…法元英明氏に募る後悔|球界群像 法元英明#11
中日元外野手で、伝説のスカウト・法元英明(ほうもと・ひであき)氏が担当した選手で、初めてドラフト1位になったのが同志社大の田尾安志外野手(現・野球評論家)だ。1975年、法…
急遽変わった中日ドラ1…批判の声に「見とけ」 法元英明氏が忘れられぬ剛球「キュンと伸びる」|球界群像 法元英明#10
中日は1972年ドラフト会議で、快速球を武器とした千葉・成東高の鈴木孝政投手(現野球評論家)を1位指名した。当時のドラフト会議は12球団が抽選で指名順を決定。その全体2番目…
中日入団拒否も…ドラフト会議で強行指名 “本命巨人”に対抗、翻意させた意地の往復|球界群像 法元英明#9
中日は1970年ドラフト会議で、島根・江津工の三沢淳投手を3位で指名した。社会人野球・新日鉄広畑(姫路市)への入社が決まっていた中での強行指名。そのオフは入団拒否を食らった…
“強奪指名”に激怒「黙って持っていく気か!」 会社で門前払い…中日スカウト・法元英明氏の「認識不足」|球界群像 法元英明#8
門前払いから始まった。7月25日のドラゴンズ初のOB戦で総監督を務める元中日外野手の法元英明(ほうもと・ひであき)氏は、1968年限りで現役引退してスカウトに転身した。右も…
紅白戦本塁打で「色気づいた」…崩れた調子 法元英明の戦力外に家族は「信用してくれなかった」|球界群像 法元英明#7
元中日スカウトで、7月25日の中日初のOB戦で総監督を務める法元英明(ほうもと・ひであき)氏は1968年シーズン限りで現役を引退した。投手として入団し、3年目に外野手転向。…
監督に直訴「代えないでください」 譲れなかった打席…大投手攻略を呼んだ法元英明氏の“秘策”|球界群像 法元英明#6
思い出作りから“大投手キラー”になった。元中日の左打者で、伝説のスカウトと称される法元英明(ほうもと・ひであき)氏は、プロ9年目の1964年、101試合に出場して2本塁打を…
世界のHR王は「三振ばかり」も…練習で漂った片鱗、法元英明が見た指揮官の「我慢」|球界群像 法元英明#5
偉大な打者も、偉大な投手もやはりモノが違っていた。中日で“伝説のスカウト”と称され、7月25日の球団OB戦「DRAGONS CLASSIC LEGEND GAME2024」…
勝手に決まった法元英明氏の中日入り「おかしい」 契約金交渉も蚊帳の外「親の操り人形みたい」|球界群像 法元英明#4
気がつけば家で中日の話がよく出ていた。7月25日の中日OB戦「DRAGONS CLASSIC LEGEND GAME2024」で総監督を務める法元英明(ほうもと・ひであき)…
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