阪神を救ったかもしれない“幻のカブレラ入団” 甲子園で漏れた野村監督のため息
「おい、立石、監督室にちょっと来い」…カブレラ売り込みも
その年、立石氏は李来発監督とともに野村監督に挨拶するため、甲子園球場を訪れた。阪神の秋季キャンプに5人の台湾選手を参加させてもらったこともあったし、9月に起きた台湾大地震のこともあったが「練習が始まる前に、野村さんに『おい、立石、監督室にちょっと来い』と言われた」という。「何すかって入っていったら『今年もこれ(阪神)、最下位や』」とボヤかれ「『お前、ええ外国人選手、おらんのか』と聞かれた」。そこでカブレラを紹介したのだった。
「無茶苦茶、打ちますよって言ったら、野村さんは『そうか、じゃあ獲りにいく』って言われたので、獲るのだろうと思ったんですけどね。調査には来ていたそうです。まぁ、何か事情があったんでしょうね」。その後、カブレラはダイヤモンドバックスを経て2001年に西武入り。いきなり打棒大爆発で49本塁打、124打点をマークした。その時、近鉄コーチだった立石氏は野村監督にまたボヤかれたそうだ。「お前が言ったヤツ、獲ればよかった」と……。
そんなカブレラもしかりだが、立石氏を知る多くの関係者が、その指導能力、眼力などに驚嘆の声を上げる。それこそ、ある選手に関しては、ID野球の野村氏が「お前、どうやって教えたんだ」とうなり、闘将・星野仙一氏も「よう育ててくれた。ありがとう」と感謝していた。その選手はドラフト2位でプロ入りし、今でも破られていない記録を持つ男。現役引退後は指導者としても力を発揮している。立石氏にとっても印象深い、忘れられない教え子の一人だった。
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)