持ち球を“虚偽申告”「とりあえず挟んじゃえ」 ノーノーの裏でドキドキのサイン交換
「おっ、落ちたって感じ」試合で投げたことがなかったフォークを4球投げた
ナゴヤ球場の一塁側には当時、近鉄が公式戦を行う時に使う“近鉄ロッカー”と呼ばれるものがあった。「近鉄が来ない時は、僕ら若手が使わせてもらっていたんです。主力は球場の中のロッカーを使うけど、僕らにはなかったんでね。おそらくあの時も僕はそこでウロウロしていたんじゃないかなと……」。誰にも言えないまま、大石捕手との打ち合わせも特になかったそうだ。
「僕がブルペンに行った時に、大石さんも僕が先発ってわかったんじゃないですかね。ブルペンでは最初(バッテリーコーチの)加藤(安雄)さんが受けていたんですけど、そこに大石さんが来て『お前、球種、何があるの』って言われましたから」。その時のことだ。「『真っ直ぐとカーブ、それとフォークです』って言っちゃったんです。フォークなんて(試合で)投げたこともなかったのにね」。何と大胆にも持ち球以外を申告していたのだ。
「球種が少ないのでフォークの練習はしてましたよ。けど、全然落ちないんですよ。(享栄高から同じ年に中日入りした)長谷部(裕捕手)がいつも『お前のフォーク、全然落ちんな』って言ってましたから」。そんなレベルのフォークを使いこなせるように言ってしまった。「試合で、フォークのサインが4球、出ました。あっ、出た、どうしようですよ、こっちは」。もうやるしかない。「とりあえず挟んじゃえって感じで投げました。いけぇ、思いっ切り振れぇってね」。
その結果はよく覚えている。「篠塚さんのファウル、原さんの2打席目の三振、中畑さんの2打席目、鴻野淳基さんのセカンドゴロエラー、あれがフォークです。落ちたというかチェンジアップみたいになった。原さんと中畑さんのヤツはちょっと落ちましたね。おっ、落ちたって感じでした」。大偉業の裏側では、こんなハラハラドキドキのボールもあったわけだ。
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)