屋台で飲み、就寝直前に「明日行くぞ」 連投お構いなし…呆然とした“予期せぬ通告”
第6戦は同点で救援…2被弾で敗戦投手になり日本一を逃した
第5戦は先発して4回3安打無失点。0-0のまま2番手の小松辰雄投手にバトンを渡したが「十分だったんじゃないかな」と鈴木氏は振り返る。3回2死二塁で中日・平野謙外野手の一塁線を抜けそうな打球が村田康一一塁塁審に当たり、西武・山崎裕之二塁手の前に。すかさず、三塁へ送球され、三塁を回っていた走者の田尾安志外野手は慌てて三塁に戻ったが、間に合わずタッチアウトになった。
この場合、審判は石ころと同じということで“石ころ事件”と呼ばれたが、審判に当たっていなければ、中日が先制した可能性が高かった。その試合、中日は1-3で敗れ、西武に王手をかけられた。もしも「石ころ」がなければ……。あれで流れが変わったのは事実だ。
鈴木氏は舞台をナゴヤ球場に戻した第6戦(10月30日)にも、4-4の5回途中から3番手でリリーフした。2回2/3を2失点。「(シリーズで)とどめを刺されたのも俺だった」。7回に片平晋作内野手、テリー・ウィットフィールド外野手に連続本塁打を浴びて敗戦投手になった。
またも日本一にはなれなかった。それにしても、現在と比較すれば、やはり無茶苦茶な投手起用に見える。だが、当時はそれが普通の感覚だった。体のことよりも、西武に負けた悔しさの方が当然大きかった。
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)