“退路”を断ったメジャーの7年間 黒田博樹氏が次世代に説く「覚悟」のススメ
「メジャーに行きたければ行った方がいいと思う。でも…」
日米通算20年のプロ生活を送った黒田博樹氏が自身のキャリアを振り返った時、メジャーで過ごした7年はどんな位置づけとなったのだろうか。黒田氏の米国期にスポットを当てた連載(全5回)の最終回は「覚悟」について。
広島で11年、メジャーで7年、そして再び広島で2年。長らく憧れを抱いていたわけではなく、野球人としてステップアップするための道として進んだメジャーでは、1年1年、1試合1試合、これが最後になってもいいと思いながらマウンドに上がり続けた。繰り返し「しんどい」「苦しい」という言葉が口をついた日々ではあるが、今、心から「行って良かった」と思うという。
「もちろん、行って良かった。というか、行ってなかったらどうなっていたのかな、と思います。日米通算で200勝以上させてもらったけど、もしかしたらできていなかったかもしれないし、逆にもっと勝っていたかも分からない。でも、僕の野球人生の中ではメジャーを経験したからこそ、もう一度こう、自分を奮い立たせてバッターに向かっていけたと思いますし、日本に帰ってきてもその気持ちとエネルギーが続いたんだと思います」
2007年オフ、一世一代の覚悟を持って決めたメジャー移籍は、自身にかけがえのない経験をもたらし、野球人としての器を広げた。それでは、この先メジャーの舞台でプレーしたいと願う選手にどのようなアドバイスを送るのか。
「自分が挑戦したければ挑戦した方がいいと思うんですよね。ポスティングにしろ、FAにしろ、環境が整えば。特にポスティングは球団が認めてくれなければ行けないので、そういう環境が整えば、僕は挑戦した方がいいと思います。1回限りの野球人生ですし、タイミングもあるだろうし。
でも、自分が想像している以上にしんどいかもしれません。もちろん、今は大谷(翔平)選手があれほど簡単そうに、打って投げて活躍しているので、そう見えてしまうかもしれないですけど、でも彼がしていることはそんなに簡単なことではないし、周りに見せない大変なこともいっぱいあると思います」
捨てた「ダメだったら帰ろう」という選択肢
誰のものでもない、自分の人生。何でもやりたいことに挑戦してみればいい。その挑戦を成功とするのか失敗とするのか、それは他の誰でもない自分次第。だからこそ、黒田氏は夢や憧れだけではなく、「覚悟」を決めることが大事だと話す。
「あくまで個人的な見解ですが、覚悟がないと、なかなか難しいと思います。行きたければ行った方が絶対にいいけど、メジャーで結果を残すにはそれなりの覚悟がないと大変だと思います」
黒田氏はメジャー移籍を決めた時、「結果が出ないまま日本に戻る」という考えを捨てた。日本=広島に帰るのは評価される結果を残せた時だけ。1つ退路を断ったことがモチベーションとなった。
「メジャーからオファーを受け続ける中で日本に帰ることが、僕の中で大きな価値感であり、モチベーションになっていた。日本に帰るためには結果を残し続けないといけない、なおかつオファーを受け続けなければいけない、と決めていたことが大きかったと思います。ダメだったら帰ろうと思っていたら、あそこまでできていなかったかもしれない。どう覚悟を決めるかは人それぞれだし、モチベーションも人それぞれ。ただ、何か1つ覚悟を決めてやった方がいいんじゃないかと改めて思います」
どんな覚悟を決めるかは、野球人としてどうありたいのか、その選手の「軸」となる考え方が大きく関わることになりそうだ。
「大きな契約も1つの魅力ではあるけれど、選手として大事な時間をどう過ごすか。マイナーに落とされる可能性もあるだろうし、メジャーにいても数字を残せない可能性もある。だからこそ、それなりの覚悟を持って勝負した方がいい結果が出るのではないかと。日本でもアメリカでも、プロとして覚悟を持ってプレーしている選手に対して、強くリスペクトの気持ちを感じますね。引退した今だからこそ、改めてそう思うのかもしれません」
再びユニホームに袖を通す日は来るのか
今年から“盟友”新井貴浩監督の就任に伴い、広島の球団アドバイザーを務めているが、今後野球とはどのように関わっていくのだろうか。最後の質問を投げかけると、苦笑いをしながら「本当はもう、あんまり近くでは野球に関わりたくないんですけど……」と“あまのじゃく”な答えが返ってきた。
「でも、今回こうやってカープからお話をいただいたので、多少自分の時間に余裕がある時、チームのプラスになるようなことができればいいかなと。カープのOBとして、なかなか結果が出ない若い選手にとって、多少なりとも力になれればいいかなと思う程度です」
いつの日か、黒田氏が再びユニホームを着ることを願うファンも多いと思うが、当の本人は「想像したことがない」と素っ気ない。
「野球に深く携わっていくことを今は全然イメージできていないですし、表に立つことは考えていない。どちらかと言ったら、陰ながらサポートできたらとは思います」
引退して7年が経とうという今でも、黒田氏の野球観はまだ現役時代と変わっていないようだ。
「やっぱり野球ってすごくしんどかったなって思います。ただ、人それぞれで取り組み方も違うだろうし、考え方や野球観もまったく違うから、僕の言うことが正しいとは全然思わない。僕の性格上、こういうマインドでやった方が成功する確率が高いんだろうなと思って、それを信じてやってきた。それでも思い通りにならないことの方が多かった。だから、やっぱり野球はしんどかったです(笑)」
嫌い嫌いも好きのうち。「しんどい」という言葉の裏には、野球に対するリスペクトと愛が詰まっているようだ。
(佐藤直子 / Naoko Sato)