「ビタ止め捕手」大バズりで環境激変 “控え人生”が甲斐拓也に師事されるまで

キャッチャーコーチとして活動する緑川大陸さん【写真:伊藤賢汰】
キャッチャーコーチとして活動する緑川大陸さん【写真:伊藤賢汰】

捕手コーチ・緑川大陸氏は千賀や甲斐の自主トレサポート

 想像もしていなかった日々を送っている。キャッチャーコーチの緑川大陸さんは少年野球の子どもからプロまで幅広い選手を指導している。最近ではメッツ・千賀滉大投手に自主トレのサポートを依頼され、ソフトバンク・甲斐拓也捕手からも自主トレに招かれた。一度は野球をあきらめた生活を送っていたにもかかわらず、今ではプロからも信頼を寄せられる指導者となっている。

 現在32歳の緑川さんは野球人生で何度も挫折を経験している。聖地に立つため、地元の愛知県から岡山県の甲子園常連校・関西高へ進学した。しかし、夢の舞台でプレーすることなく3年間が終わった。

 次のステージでこそ、スポットライトを浴びたい。選んだのはプロ野球選手を多数輩出する立正大だったが、入学早々に肩を壊してリハビリ組に入った。さらに、肘も痛めて大きく出遅れた。怪我で落ち込んだ気持ちに拍車をかけたのが、同じ捕手の同級生の存在だった。2013年ドラフト会議でロッテから2位指名を受けた吉田裕太捕手。日大三では主将を務め、攻守の要だった。緑川さんが振り返る。

「肘は手術すれば治ると医師から言われていました。ただ、肘が治ったところで捕手のレギュラーにはなれないと思っていました。練習に身が入らず、さぼることばかり考えていました」

 レギュラーをあきらめた緑川さんは、野球を続けるモチベーションが上がらなかった。ただ、控え捕手の役割はある。その1つが、ブルペン捕手だった。毎日10人ほどの投手の球を受ける日々。単調なメニューではあったが、キャッチング技術は周囲から評価された。その瞬間が、野球を辞めない唯一とも言える理由だったという。

「周りが足を止めてブルペンでの捕球を見てくれました。上手く捕れた時や周りから評価された時がうれしくて、キャッチングだけは向上心を失いませんでした。この時に重ねた感覚が今につながっていると思います」

キャッチャーコーチとして活動する緑川大陸さん【写真:伊藤賢汰】
キャッチャーコーチとして活動する緑川大陸さん【写真:伊藤賢汰】

大学で野球に区切り…草野球への参加がターニングポイントに

 大学で野球に区切りをつけると決めていた緑川さんは、次のやりがいを見つけられずにいた。「野球に対して投げやりになり、就職もしたくないと思うようになりました」。就職活動から逃げるように、アルバイトしながら役者を目指す道を歩み始めた。

 役者として大成できずに5年ほど経った頃、人生の転機が訪れる。1人で初めて入ったバーのマスターがチームを持っていたことから、草野球に参加することになった。息抜きではあったが、緑川さんは再びミットをつけた。長年休めていたからか、肩や肘への痛みはなくなっていた。

 野球を再開すると、緑川さんの向上心や好奇心が再燃した。武器にしていたキャッチングを上達させるため、フレーミングをはじめとする最新の知識や技術を積極的に学んだ。その姿が野球ユーチューバー・クーニンさんの目に留まった。クーニンさんが率いる草野球チームに加わり、「ビタ止め捕手」として注目された。緑川さんのキャッチングを撮影した動画は300万回再生を超え、野球界で一気に知られる存在となった。

 知名度が高まり、人脈も広がった。ついには、現役のプロ野球選手から声をかけられるまでになった。共通の知り合いを通じて、メッツの千賀から自主トレのサポートを2年連続で依頼されたのだ。ブルペン捕手を任された緑川さんは「千賀さんの球は、特別に力を入れていないのに襲いかかってくる感じでした。キャッチボールだけで翌日は筋肉痛になるくらい体に力が入っていました」と語る。そして、千賀が育成選手からメジャーで2桁勝利を挙げる投手にまで上り詰めた理由の一端を知った。

「野球の知識はもちろん、トレーニングや栄養に関する知識も豊富でした。自分のことはYouTubeで知ったそうですが、パフォーマンスアップにつながりそうなことは何でも知りたいという千賀さんの好奇心にも驚きました。一般的なプロ野球選手は、自分のようなアマチュアの選手を自主トレに呼びませんから」

「上手くなるために依頼した」甲斐から直々に連絡

 千賀の紹介で今年1月には、ソフトバンクの甲斐から自主トレでの指導を依頼された。WBC日本代表に選出された国内トップクラスの捕手から直々の連絡。緑川さんが持つキャッチングの知識や技術を吸収したいとの要望だった。緑川さんは感激と同時に不安も募ったという。

「自分みたいなプロではない人間に指導を受けたら、甲斐さんが周囲から批判されるのではないかと思いました。ところが、甲斐さんからは『周りに知られても何も恥ずかしいことはありません。今よりも上手くなるために緑川さんに依頼しただけです』とおっしゃっていました。自分が甲斐さんの自主トレに招かれたことも自由に発信して構わないと言ってくださいました」

 中学まで軟式野球をしていた緑川さんは、関西高校に入って三塁手から捕手へとコンバートされた。最初は硬式球が体に当たる痛みや防具の暑さから、捕手転向を前向きに捉えられなかった。それでも成長を実感できるキャッチングは楽しかったという。「ストライクとボールの境界線にきた投球を捕球の仕方でストライクと判定してもらえると達成感がありました」。何度挫折をしても、キャッチングへの向上心だけは失わなかった。

「県外の高校に進んだのに甲子園に行けず、大学では試合に出られませんでした。何の計画性もない人生ですが、キャッチングに救われています。野球が仕事になるとは全く想像していませんでした」

 緑川さんは今、少年野球からプロまでをサポートするアマチュアでは珍しいキャッチャーコーチとして活動している。一芸を磨くことで成功につながる可能性もある。チャンスは、いつ、どこから訪れるか分からない。

<プロフィール>
緑川大陸(みどりかわ・ひろむ)。1991年8月1日、愛知県名古屋市生まれ。小学3年生で野球を始め、関西高、立正大で硬式野球部に所属。高校で三塁手から捕手へ転向。野球ユーチューバー・クーニン率いる草野球チームで「ビタ止め捕手」として注目される。キャッチャーコーチとして、対面やオンラインで小学生からプロまで幅広く指導する。

(間淳 / Jun Aida)

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