「選手は満足しないよ」 中学日本一の34歳指揮官、転機となった須江監督の言葉

東海大静岡翔洋中・寺崎裕紀監督(左)と仙台育英高・須江航監督【写真:間淳、中戸川知世】
東海大静岡翔洋中・寺崎裕紀監督(左)と仙台育英高・須江航監督【写真:間淳、中戸川知世】

東海大静岡翔洋中・寺崎監督の財産となった仙台育英・須江監督との出会い

 高校野球界をけん引する名将との出会いが財産になっている。今年8月に全国中学校体育大会の軟式野球で29年ぶりの優勝を成し遂げた静岡・東海大静岡翔洋中の寺崎裕紀監督は、仙台育英高の須江航監督を“師”と仰ぐ。須江監督からの言葉がなければ日本一達成は考えられなかったという。

 中学軟式野球界で東海大静岡翔洋の名前は広く知られている。毎年のように全国大会に出場し、上位進出を果たしている。現在34歳の寺崎監督は2014年から3年間監督を務め、2020年から再びチームを指揮している。

 監督1年目の2014年、全国大会の準決勝で対戦したのが仙台育英の系列校・秀光中だった。当時の監督は現在、仙台育英高を率いている須江監督。寺崎監督は敗戦後、須江監督に声をかけられた。

「須江監督に『若くして有名なチームを指揮するのは大変だね。いつでも野球を教えるから、一緒に中学野球を盛り上げよう』と激励していただきました」

 この出会いをきっかけに、東海大静岡翔洋中は年に数回、秀光中へ遠征に行った。須江監督の言葉は決して社交辞令ではなかった。寺崎監督は「須江監督の言葉に救われて野球を学ばせてもらいました。秀光中に負けてからの2年間は濃い時間を過ごすことができて、自分自身の指導の方向性が見えました」と感謝する。須江監督からの忘れられないアドバイスもある。

「寺崎くんは野球部の監督だよね? 野球以外のことばかり指導していると、選手は満足しないよと言われました。その頃、私は整理整頓や生活指導、挨拶や礼儀の指導が過剰になっていました」

中学軟式日本一に輝いた「東海大静岡翔洋中」【写真:間淳】
中学軟式日本一に輝いた「東海大静岡翔洋中」【写真:間淳】

須江監督と出会って2年…全国大会の公開練習でうれしい出来事

 須江監督は挨拶や礼儀を軽視していたわけではない。選手たちは野球以外の面を当たり前にこなし、野球を教わることに集中していた。寺崎監督は「うちのチームの選手たちも野球以外の面を十分にできていましたが、私が完璧を求めて細かいところまで指摘し過ぎていました」と振り返る。選手たちの望みは野球の上達。その希望に沿う指導ができていなかったと反省した。

 須江監督から取り入れた練習法もあった。当時の中学軟式野球で使われていたのはB球で、現在のM球より飛距離が出ないため、安打以外で1点を取る攻撃や1点を防ぐ守備が勝利への“王道”と考えられていた。寺崎監督は須江監督にならって実戦練習に大半の時間を使った。アウトカウントや走者のシチュエーションを細かく設定し、様々なパターンで攻撃も守備も精度を高めたという。

 須江監督と出会ってから2年。寺崎監督は自分の指導に自信を深める経験をした。秀光中も出場した全国大会での出来事だった。開幕前日に設けられた各チーム30分の公開練習で、寺崎監督が組んだメニューは須江監督と一緒だった。20分間を実戦練習に使い、打者の結果は気にせず、走者の動きをチェック。ノックは数分で、投手陣にはマウンドの質を確認させた。寺崎監督が回想する。

「須江監督と話し合いをしたわけではありませんが、全く同じ練習内容になりました。須江監督から『30分間は、こういう過ごし方になるよね』と言われた時はうれしかったです」

 寺崎監督は2016年に退任し、2020年から再び監督に就任した。昨年は全国中学校体育大会で準優勝。今年は日本一を達成した。選手の能力を最大限に引き出す指導法の追求は、須江監督との出会いなしには語れない。

(間淳 / Jun Aida)

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