一瞬で消えた夢「人生が否定されたと」 甲子園に集う“悲劇の世代”の思い
29日から3日間、甲子園球場などで「あの夏を取り戻せ」を開催
高校野球で“悲劇の世代”と呼ばれる選手たちがいる。2020年、新型コロナウイルスの感染拡大のため、夏の甲子園大会が戦後初めて中止となり、それまでの人生で一番大切にしてきた目標を奪われた。当時愛知・中京大中京高3年で、今年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で侍ジャパンの世界一奪取に貢献した中日・高橋宏斗投手もその1人。あれから3年、彼ら自身の手で、止まったままの時間を動かす試みが始まっている。
今月29日から3日間、甲子園球場などで開催される「あの夏を取り戻せ~全国元高校球児野球大会2020-2023~」。2020年の夏に甲子園大会予選の代替として、各都道府県高野連が行った独自大会の優勝校など44チーム(当時の球児約800人)が出場する見込みだ。
29日に甲子園球場で全出場チームが5分ずつシートノックを行い、入場行進・セレモニー、特別試合2試合(対戦カードは後日発表)も予定されている。資金的に甲子園球場を押さえるのは1日が精一杯だったことから、翌30日と12月1日に兵庫県内の別の球場で、出場チームが交流試合を1試合ずつ行う。シートノック、入場行進などを含め観戦は無料。「スカパー!」は全試合の無料中継と無料ネット配信を行うことになっている。
今月1日には、都内の武蔵野大・有明キャンパスで記者発表会、交流試合の組み合わせ抽選などが行われた。滋賀・近江高OBチームの溝畑雄大さんは「2020年5月20日、夏の甲子園大会中止が決まった瞬間には頭が真っ白になり、何も考えられなくなりました。高校時代は寮生活でしたが、強制帰宅となり、練習も禁止。野球のことを考えたくなくなり、野球に終止符を打とうと決めました」と振り返る。現在は滋賀県内で会社員として奮闘中だが、「正直に言うと、今になって野球を辞めたことを後悔しています」と打ち明ける。
近江高3年当時はレギュラー二塁手で、現中日の龍空(本名・土田龍空)内野手と二遊間を組んでいた。甲子園という目標を失った後、滋賀県の独自大会では「龍空がプロ野球選手になれるように頑張ろう」がナインの合言葉になった。実際に近江高が優勝し、存在をプロにアピールした龍空が同年のドラフト会議で中日から3位指名を受け、高卒3年目の今季も正遊撃手として活躍した姿に、溝畑さんは「すごく誇りに思います」と目を細める。
「もう夢も希望も持ちたくない」という痛切な思い
同大会のプロジェクトを昨年8月に発起人として立ち上げたのは、2020年当時に東京・城西大城西高3年の野球部員だった大武優斗さん(武蔵野大3年)。有志の学生、ボランティアなど約50人で実行委員会を結成した。
3年前、甲子園大会中止の一報には「小1から高3年まで、18年間のうち12年間を全て野球に費やしたような人生だったので、自分の人生が否定されたと感じました」。それから2年間「野球を見ることができなくなり、グラブもバットも自分の目の届かない所に置くようになりました」と言うのは、不条理に目標を奪われた“悲劇の世代”に共通する思いだろう。
昨年、高校時代の仲間と食事をした際、近況報告の後に「なぜ自分たちの代だけ甲子園がなかったのだろう」と割り切れない思いを共有した。「もう夢も希望も持ちたくない。本気で努力したのに、甲子園という目標は一瞬で消えてしまった。もうあのような経験はしたくない」と痛切な思いを吐露する者もいた。大武さんはこの時、「このままでは僕たちは10年たっても20年たっても、甲子園がなかったことを言い訳に前へ進めない。自分たちであの時の思いに終止符を打つしかない」と奮い立った。
大武さん自身は、2020年の東東京の独自大会で城西大城西高がベスト16に進出しながら敗退しているため、今大会に選手として出場することができない。それでも「甲子園球場とは、最後まで勝ち残ったチームのみが試合をやれる所だと思っています。僕自身が出たいからプロジェクトを立ち上げたわけではありません。自分たちの代に甲子園がなかった以上、自分たちの代で取り戻さなければならないと思っています」と裏方に徹する。
大武さんら実行委員会は、企業の協賛を獲得し、クラウドファンディング(CF)も行って、必要予算約6450万円のうち約3000万円を調達済み。しかし、このままでは出場選手自身が宿泊費、交通費、傷害保険料を負担することになると言う。大武さんは「大学生の2人に1人が奨学金を受給している現状の中、私たちとしては、資金的な理由で参加できず後悔する選手を出したくないと考えています。そういう部分で、ご支援をお願いいたします」と、さらなるCF(12月1日まで)への応募を呼びかけている。
【あの夏を取り戻せ! クラウドファンディングはこちら】
https://ubgoe.com/projects/444
(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)