決勝で大敗、2度と来ないと思った甲子園 旋風から5年…“伝説の二塁走者”の新たな道
2018年夏、逆転サヨナラ2ランスクイズを成功させた菊地彪吾外野手
全高校野球ファンの度肝を抜いたランナーが、聖地へ帰ってきた。「マスターズ甲子園2023」が甲子園で11日に開幕し、大会1日目の第3試合で初出場の金足農業OB(秋田)が2-11で日大藤沢OB(神奈川)に敗れた。「金農旋風」を起こした2018年夏、準々決勝で大会史上初の逆転サヨナラ2ランスクイズを成功させた“二塁走者”の菊地彪吾(ひゅうご)外野手は、5年ぶりの大舞台を「懐かしいですね」と噛み締めていた。
2018年の第100回選手権記念大会では、横浜(神奈川)や日大三(西東京)などの強豪私立を次々と倒し、秋田県勢として103年ぶりの決勝へ進出した。だが、「最強世代」と呼ばれた大阪桐蔭に2-13で敗れ、深紅の大優勝旗を郷土へ持ち帰ることはできなかった。最後のバッターは、菊地だった。
すっきりとした表情で「やり残したことは全くないですね」と振り返った。1回戦から決勝までで、実力を余すことなく絞り出し、あの夏に悔いはない。決勝のあと、荷物を担いで一塁横の階段を下りている最中に、突然名残惜しくなったという。全国の高校球児の中で一番長い夏を過ごしたが、菊地にとってはあっという間の出来事だった。「もう終わったのかって寂しくなりました」。二度と甲子園の黒土を踏むことはないと思っていた。
だが、今年の夏、大先輩からチャンスを貰った。6年前に発足した金足農業OBチームが秋田県予選を初制覇し、甲子園初出場を掴んだのだ。チームの発起人であり、現役時代には同校の主将として1984年に甲子園2季連続出場、夏4強入りを果たしている長谷川寿監督から誘われ、「せっかく甲子園でできるのなら」とOBチームに合流した。
渾身のヘッスラもアウト…大の字になって5年前の好走塁を噛み締めた
マスターズ甲子園の試合当日、着用したのは5年前に本塁で泥だらけにしたあのユニホームだ。「良いですよね、この紫色のユニホーム。当時は夢中になりすぎてあまり記憶がありません。時間がどんどんと過ぎていきました。今日は短い時間でしたけど、余裕がありましたし、また違った甲子園を楽しめました。だけどやっぱりあの階段を下りるときはグッときますね。(甲子園で)あの場所だけは覚えています」。
この日は、3回一死の場面で代打出場し、中前打で出塁すると、後続打者への1球目で二塁を盗み、相手捕手の悪送球に乗じて三塁を狙った。だが、すぐに「間に合わない」と悟った。執念のヘッドスライディングをみせたが、中堅手の好送球に刺されてアウト。その場で仰向けになって手足を伸ばし、秋晴れの空を3秒ほど仰いだ。
「行けると思ったんですけど、5年前とは違いましたね。あぁ、無理だなって。まだ5年しか経っていないんですけど、僕もおじさんになっていっているんだなと思いました。もう、身体が(あの時のようには)動かないですね」
八戸学院大でも4年間野球を続けたが、今は全くプレーしていない。野球用品商社・株式会社イソノ運動具店に就職したのをきっかけに、東北を離れ、今春から東京で暮らしている。「いい思い出ではあるんですけど、あの金足農業の準優勝の人じゃなくて、違ったカタチで名前を覚えてもらえるように(仕事も)頑張りたいです」。第100回記念大会を代表する名場面を生んだ足で、新たな道を走り始めていた。
(喜岡桜 / Sakura Kioka)