「全部ノーバンでストライクを」無茶苦茶すぎた監督 歴史的敗戦の直後…懇願した3選手

中日で活躍した彦野利勝氏【写真:山口真司】
中日で活躍した彦野利勝氏【写真:山口真司】

彦野利勝氏は1994年にカムバック賞…巨人との10・8決戦でも気を吐いた

 元中日外野手で野球評論家の彦野利勝氏はプロ12年目の1994年、118試合に出場して打率.284、6本塁打、49打点の成績を残した。オールスターゲーム出場、規定打席到達、カムバック賞も受賞……。1991年6月に右膝蓋腱断裂の大怪我を負いながら、不屈の闘志で復活した。だが「この年は自分の数字よりも、あの試合に勝ちたかったですよねぇ」。同率1位でともに最終戦を迎えた中日と巨人が激突した10・8決戦。高木守道監督を胴上げできなかったことを悔やんだ。

 1994年、彦野氏は右膝蓋腱断裂の大怪我から本格的に復活した。4月9日の横浜との開幕戦(ナゴヤ球場)は7番ライトでスタメン出場し、4打数1安打。打って、走って、守る。完全に元通りではなかったものの、すべてをこなせるようになった。バットはそれまで苦手だった春先から好調。5月終了時点で打率.376、3本塁打をマークした。「自分でもよくわからないけど、いいスタートが切れて、しばらく首位打者だったりしたんですよねぇ」。

 オールスターゲームにも1990年以来の出場。ナゴヤ球場で行われた第2戦には1番センターで4打数2安打2打点、3回にオリックス・佐藤義則投手からホームランを放ち、優秀選手賞も獲得した。「僕はオールスターに3度出場して4安打しか打ってないんですけど、そのうち2本がホームラン(1989年は第2戦MVP)なんです。賞を取ってやろうとは思ってなかったけど、何かしてやろうとは思っていましたよ」と笑顔で振り返った。

 4年ぶりに規定打席に到達して、打率は自己最高の.284。カムバック賞も受賞したが、この年の話になると、やはり出てくるのは「10・8」だ。巨人・長嶋茂雄監督が「国民的行事」と呼んだ中日と巨人の最終決戦。試合は巨人が6-3で勝利したが、「7番ライト」の彦野氏は6回裏にセンター前タイムリーを放つなど4打数2安打1打点と気を吐いた。「内容的には悪くなかったですよ。でも最後にちょっと……」。

 3点を追う8回裏2死二、三塁で彦野氏はいい当たりのサードライナー。巨人・桑田真澄投手に封じられたが「あそこで、もう1本打ちたかったなって思います。それはいまだにね」と唇をかんだ。「あの試合は、やっている僕たちよりも周りが異常でしたね。その空気感を全部作っちゃって、そこに僕らが入っていって“ああそうなんだ”って感じにさせられてしまって、緊張感がだんだん高まっていくみたいな、そういう感じのゲームでしたね」。

「もう1回やりましょうよ」退任予定の高木守道監督を“慰留”

 胴上げできなかった高木監督は彦野氏にとって恩人の一人。プロ2年目(1984年)、3年目(1985年)時の2軍監督で、その頃から鍛えられた。「野球全体のこととか、野球の高度なこととかを覚えさせられたのが守道さんでした。単純に捕って投げてアウトにするのはプロなら当たり前。それができないヤツはプロじゃないからやめなさいって感じで、いかにそれを速くやるか、効率よくやるか、とかを教えてくれました」。

 そう言って彦野氏は思い出したように続けた。「ただ、無茶苦茶言いますよ。できもしないようなことをね。『捕ったらあんたの肩やったら全部アウトにしなきゃいけないから、全部ノーバンでストライクを投げろ』とかね。でも、やらないよりやってみろよって話なんです。どうせできないですよ。でもやったおかげでちょっと速くなったりするかもしれないし、何か違うことをひらめくかもしれない。そういうことです。そのおかげで、うまくなったと思いますよ」。

 10・8の試合後、彦野氏は川又米利選手会長と仁村徹内野手とともに、このシーズン限りで退任するつもりだった高木監督のところへ行き「もう1回やりましょうよ」と“慰留”した。それが影響したかはともかく、そこから指揮官は急転、続投となったが……。彦野氏はこんなことも言う。「あの時、もし、ウチが勝っていたら“10・8”もさらっとしか言われてなかったんじゃないですかねぇ。巨人が勝って長嶋さんだからずっと言われているんじゃないですか……」。

 彦野氏が大怪我から復活してレギュラーに再定着した年にあった巨人との最終決戦。「実は1994年も途中でちょっときついなって時があったんです。だけど10・8があったので、僕は最後まで頑張れたんですよ」。振り返れば“見えないパワー”ももらっていたということか。もちろん、その時は巨人に負けた悔しさの方が何よりも大きかったのだが……。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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