大学中退の挫折も…別世界で知った“新たな野球観” 対話から引き出す「動ける力」
日米球界の下部組織知る元燕・上野啓輔氏…「声を聞き、考えさせる」指導
東京都中央区・江東区を中心に活動する小学生野球チーム「BIGベースボールクラブ」は、週1回練習で、塾などの他の習い事などによる欠席や途中参加・退出も可とするなど、中学受験熱の盛んな地域でも「野球を諦めたくない」選手・保護者のニーズに合った運営で部員数を増やしている。日米球界を知る運営幹部の上野啓輔さん(元ヤクルト投手)による、明るくも主体性を伸ばす指導も、子どもたちに人気を博す理由のようだ。
練習試合での上野さんの行動は目まぐるしい。ベンチからの声かけはもちろん、時には走塁ミスをした選手にグラウンド横で身振り手振り指導。また、途中登板の投手のためにブルペンに座ってボールを受ける。毎回来る選手も、たまにしか参加できない選手も“全員出場”を基本とし、複数ポジションを経験してもらうため交代にも気を配る。
選手への呼びかけ方も印象的だ。「外野、お互い声をかけ合って、どの位置で守るか確認して!」。小学生レベルでは「もっと右!」などと具体的に指示を出した方が、ある意味楽なはずだ。「他の監督・コーチが見たら、手間がかかることをしているなと感じると思います」と上野さんも笑うが、そこには「選手自身で考える」ことを大切にする指導方針がある。
「こちらから全部指示を出してしまうと、自分で考えて動くことができなくなってしまいます。野球をやる上での最低限のセオリーは伝えますが、『こういう時はどうする?』と考えさせて、子どもたち自身で状況判断ができるようにしていきたいんです」
「考えさせる」上で鍵となるのが、選手たちの声を「聞くこと」。なぜ、そのようにプレーしようと思ったのか、なぜイメージするように動けなかったのか、問いかけることで思考を引き出す。これは、会社の重役を務めている保護者のアイデアがヒントになったという。
「なかなか自分たちで主体的に動けない学年があって、どうしようかと考えていたときに、上司と部下が1対1で面談をする『1on1』の話を聞き、やってみようと。保護者には言えないことも、僕には話せるということもありますし、『こんなことを思っていたのか』という発見もありました。それでグラウンドでの動きがガラッと変わりましたね」
野球が楽しみで練習に来る選手たち「正直、うらやましいです(笑)」
「自ら考える野球」を大切にするのは、日米の2つの球界を体感した経験が大きい。
シニアチームに所属した中学時代、強豪校に進んだ高校時代と、典型的な“日本野球”の中でプレーしてきた。大学は厳しさに耐えかね、わずか3か月で退部。「そういう環境を経て成功をつかむ人もいる。僕はただただ弱かったし、続けることができませんでした」。しかし、フリーター生活を経て飛び込んだ米国マイナーリーグや独立リーグで、日本とは異なる野球観に出合う。印象的だったのはコーチ陣の“教え方”だ。
「米国では、自分から質問をしに行かなければ教えてもらえません。それに、聞いたところで0から100まで教えてくれる訳ではなく、『こうなんじゃないか』という伝えられ方をします。成長の“きっかけ”をつかませてくれる指導法で、本当に別世界のように感じました」
能動的に考えて動く大切さを学んだ上野さんは、帰国後、四国リーグ・香川を経てNPB入りの夢をつかんだ。引退後は「株式会社 FROM BASE.」を立ち上げ、子どもたちへの指導はもちろん、コーチ業やスカウト業など、一度は離れかけた野球にどっぷりと浸かる日々を送っている。
BIGベースボールクラブの「BIG」には、「Baseball is Good」という思いが込められている。事実、子どもたちを見ていると皆、生き生きとして元気だ。
「みんなメチャクチャ野球が楽しみで来ていますからね。自分は『練習に行かなきゃ』という思いしかしたことがなかったので、正直、うらやましいです(笑)。それでも、今後中学・高校と続けていく中で、厳しい環境を経験する子もいると思う。そこで困らないように、野球の最低限のことは伝えられたらと思っています」
まずは楽しむことが、一番の成長材料。その楽しさをつくるのは、“押し付け”ではなく“引き出す”ことだ。紆余曲折はありながら、上野さんがたどり着いた「理想系」。将来、高校野球やプロ野球で活躍する選手が巣立っていくことにもまた、楽しみにしたい。
(高橋幸司 / Koji Takahashi)
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