清原和博の衝撃「こいつ、凄いな」 顔の横を通過したプロ1球目…魅了された“超常現象”
西武1年目の清原の初練習、立花義家氏がペアを組んだ
清原和博は「とにかく凄かったよ」――。勝負強い打撃で西武の黄金期に活躍した立花義家氏(韓国プロ野球サムスン・ライオンズ3軍打撃コーチ)がFull-Countのインタビューに応じ、1985年ドラフト1位指名でPL学園高(大阪)から入団した清原和博内野手に受けた“衝撃”を語った。
現在も破られていない甲子園での最多記録となる通算13本塁打を放った怪物が、西武にやって来た。日本中が大注目する年明けの合同自主トレ初日。当時は新人だけでなく選手は全員参加で、10年目の立花氏が清原とティー打撃のペアとなった。
立花氏は右打者の清原の右斜め前方からボールをトス。通常はセンター方向でもある正面のネットに向かって打ち返すが、清原は違ったという。
「1球目で右方向に打ったんだよ。打球が俺の顔の右脇を通過していった。高校生のルーキーが1球目にガン! と。初めてだよ。キヨは何気なく振っているんだけど、手首が柔らかくて、ヘッドが遅れて出てきてさ。強烈でしたね」
「ボールがバットに吸い込まれていった」
練習初日のファーストスイングで魅了された。清原の打撃を見るのが立花氏の楽しみになった。「フォークボールで球が落ちたら、下半身がグーっと沈み込んでいく。ボールの軌道に対して線でつかまえにいくような感じ。それで右中間に運ぶんだから。こいつ、凄いな、と」。
清原と秋山幸二が並んでのフリー打撃は「爽快でした。キヨも秋山もボールに対してバットがスーッと向かっていく。試合でも絶好調の時は綺麗すぎて、スローモーションに見える時があった。そんな時は線が引かれていくように『あ、当たるな』と分かった。ボールがバットに吸い込まれていったよ」と異次元のレベルだったという。
清原加入後の西武黄金期の上位打線は主に1番辻発彦、2番平野謙、3番秋山幸二、4番清原和博、5番デストラーデという並びだった。ダイエー時代を含め計13年間ホークスで打撃を指導した立花氏は、2010年にリーグ優勝した時のソフトバンク打線を西武打線に重ねたという。
「川崎、本多、オーティズ、小久保、多村や松中がいて……何か被るんだよね。当時の秋山監督とそんな話はしたことはなかったけど」。懐かしそうに回顧していた。
(湯浅大 / Dai Yuasa)