妻の「なんで聞かないの？」が生んだ転職　藤浪と歩む“旅”…人生変えた1本の電話

藤浪晋太郎の通訳を務める鎌田一生氏……妻の一言が生んだメジャー“移籍”

　激動の1年目が終わり、また新たな挑戦が始まる。オリオールズからフリーエージェント（FA）となり、14日（日本時間15日）にメッツと正式契約を交わした藤浪晋太郎投手。通訳を務める鎌田一生氏も“再出発”を切る。

　1本の電話が、パートナーを組むきっかけとなった。2022年10月、鎌田氏の携帯電話に藤浪から連絡が入っていた。「ポスティング申請の記事が出る前日の夜、連絡をもらっていたんですけど、子どもと一緒に早めに寝ていて……。翌朝『どうしたん？』と連絡した後に、スポーツニュースを見て、理解しました。すぐに『メジャーの野球、合うと思う。頑張れよ！』と連絡しましたね」。当時、鎌田氏はオリックスに在籍。すでにスタッフ陣は決まっているものだと思っていた。

　お昼頃になると、テレビのニュースが藤浪でいっぱいになった。その瞬間、妻が「トレーナーさんや通訳さんは決まっているのかな？」とポツリ。鎌田氏は「そりゃあ、誰か連れて行くんじゃない？」と答えた。すると妻から「なんで聞かないの？　もし、困っているんだったら、力を貸してあげればいいじゃん」と言葉が返ってきた。

　10歳の娘、8歳の息子の顔が脳裏に浮かんだ。「そしたら……来年（日本に）いないよ？」。妻は深く頷き「そのときはどうにかする」と背中を押してくれた。「じゃあ、聞くだけ聞いてみようか……」。少し考えた後、藤浪の携帯電話を鳴らした。

「自分で言うのもなんだけれど……。一応、英語も話せるし、トレーニングも見れる。もし、自分でよければ、一緒に行こうか？　他に（候補が）いれば、しっかり断ってほしい」

　藤浪の第一声は「家族は大丈夫ですか？」だった。妻のOKサインが出ていることを伝えると「ぜひお願いしたいです」と電話越しの声が響いた。

10歳の娘、8歳の息子も誇りの職業…「パパ映ってたやん！」が励み

　鎌田氏は兵庫・三田学園高から北コロラド大学に留学。その後、オレゴン州立大学（大学院）に進学し、在学中はマリナーズのインターンに通っていた。卒業後はクリーブランド・インディアンス（現ガーディアンズ）傘下のマイナーで3年間、アスレティックトレーナーとして働いた。

「自分も高校まで野球をプレーしていたんですけど、怪我が多くて。自分の実力もわかるので、プロの世界は無理だなと。でも、野球に携わる仕事がしたいなと思って、留学してトレーナーの勉強をしていました」

　帰国後は日本ハムに2年間、阪神に5年間、オリックスに5年間在籍。阪神に在籍時代は藤浪と“同僚”だった。「妻はOKだったので、子どもに伝えるタイミングを探っていたんです」。すると、リビングのテレビに藤浪が映った瞬間があった。

「何かのニュースでテレビに晋太郎が出てきて、『藤浪投手ってすごいなぁ』と子どもが言ったんです。その瞬間に、妻と目が合って……。このタイミングで言おうと思いました。『実は、パパ来年からアメリカに行って、藤浪投手の通訳とパーソナルトレーナーをすることになってん』と」

　子どもたちの反応は「え……？　そうなの？」と目を丸くしていた。「だから、シーズン中は離れ離れになるけど、夏に1回（アメリカに）来れるから。電話もするね」。海を渡るパパの決心は固かった。

　迎えた入団会見当日。鎌田氏は通訳として、藤浪の隣にいた。「通訳だから、ちょこっと（テレビ）に映ることがあるんです。入団会見の時も「パパ映ってたやん！」みたいな。子どもたちが誇らしげにしてくれるのは嬉しいですね」。NPBではトレーナーとして働いていただけに「通訳になるとは全然思っていなかったです（笑）。今でも不思議な感覚です」と目を細める。

　そんな鎌田氏も、藤浪の英語力には感心する。「発音も上手ですね。RとLの発音って、日本人には難しいんですけど、晋太郎はちゃんとできるんです」。入団会見で注目を集めた英語での“自己紹介”については「代理人と3人で食事してる時に『その英語力だったら、もう少し（長く）いけるんじゃない？』となりました。日本人のメジャーリーガーは『英語を話せない』みたいなイメージを覆して欲しいと代理人から頼まれたんです。晋太郎の挨拶は素晴らしかったと思います」と絶賛する。

「晋太郎はなんでも1人でできるようになりますね。最初はお店に行くのも、一緒に行っていましたけど。スタバとか、ちょっとした買い物でも、1回行けばすぐに覚える。だから、その後は自分で行っています。1人で、日々の買い物もできるので。一緒にご飯を食べに行っても、晋太郎のために注文するっていうことはないですね。自分の英語で注文できるので」

　アスレチックスからオリオールズに移り、今季はメッツへ。1本の電話が生んだ旅は、まだまだ続いていく。

（真柴健 / Ken Mashiba）