バスだけ立派で「バカにされた」 創部から22年…陰で支えた運転手の涙「本当に弱かった」

選抜優勝を喜ぶ健大高崎ナイン【写真:産経新聞社】
選抜優勝を喜ぶ健大高崎ナイン【写真:産経新聞社】

創部から健大高崎を支えたバスの運転手が“有終の美”

「いってらっしゃい」。数えきれない生徒を温かく見守り、送り出してきた。健大高崎(群馬)は31日、第96回選抜高校野球大会の決勝で報徳学園(兵庫)を破り、春夏通じて初の甲子園優勝を果たした。チームバスを運転する67歳の吉田良正さんは、「良かったです。日本一獲れるなんて最高ですよ」と涙を流した。2002年の創部以来、ずっと運転手を務めてきたが、今大会で1つの区切りを迎える。

 専用のグラウンドもなく、弱かったチームが、全国屈指の強豪となった。吉田さんは健大高崎の前身だった群馬女子短期大学附属時代からスクールバスの運転手を務め、20年以上が経つ。普段は学校の生徒を送迎し、野球部の試合がある日は、北は北海道、南は鳥取まで、バスを走らせた。4月からは配車業務にあたる予定となっており、運転手としての仕事は今回の甲子園が最後となる。

 同校は2001年に共学となり、2002年4月に硬式野球部が創設された。当時はグラウンドもなく、テニスコートで活動した。「弱かったよ~。本当勝てなかった。最初遠征に行ったときは『シャトルバスは綺麗なのに、野球はどうなんだよ』なんてバカにされてね」。創部10年目の2011年夏に甲子園初出場、2012年春には4強に進出した。強くなっていくチームを、ずっとそばで見守ってきた。

選手たちは“わが子”のよう「よく考えてみればいい職業だよね」

 60人乗りのチームバス。ハンドルを握る手には、自然と力が入る。「これだけの人の命を預かってるんだからね。みんな将来がある子だから、何かあったら大変。ごめんなさいじゃ済まされないからね」。観光バスを運転していた経験を生かし、生徒たちを安全に送り届けてきた。

 車内がにぎやかな時もあれば、暗い時もある。試合に負けた後には、いつもより早く帰れるよう、バスを走らせる。「一番嫌なのが夏の県大会ね。(負けた後の車内は)もう最悪ですね。何回も見ていますから」。

 入学から卒業まで、選手たちの成長を見守る。「よく考えてみればいい職業だよね。父兄の方には羨ましいって言われます」。遠征先では、バスに乗り込む選手から「今日の活躍、見ましたか!?」「よっさん、今日打ちましたよ!」と報告を受けることもしばしば。「最近の子はね、おじいちゃんをからかうんです」。わが子のような選手と苦楽をともにし、夏の大会が終わるたびに、一緒に涙を流す。

 アルプスで観戦する吉田さんに、多くのOBが声をかけにくるのが愛された証拠だ。今大会「2番・遊撃」で出場した田中陽翔内野手(3年)は、「僕がチーム内で一番(吉田さんと)仲がいい」と自負する。「いつも遠いところまで運んでいただいたので、感謝しかないです」と思いを馳せた。

 最後の最後で、チームが悲願の頂点に立った。「考えられないです。嬉しいね」と、優しい笑みを浮かべる。ベンチ入りメンバーや監督は新幹線で帰るが、吉田さんは他の選手と道具を乗せて群馬に戻る。あと7時間、最後の仕事が残っている。

(上野明洸 / Akihiro Ueno)

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