15歳を野球に導いた“一言” 鷹左腕、異色の経歴…転機からわずか2年で145キロ

ソフトバンクのダーウィンゾン・ヘルナンデス【写真:竹村岳】
ソフトバンクのダーウィンゾン・ヘルナンデス【写真:竹村岳】

3月に下半身を痛めてリハビリ組に移行も「回復状態もいいですし痛みもないです」

 異色の経歴だった。野球を始めてわずか2年で、球速が145キロにまで到達していた。ソフトバンクのダーウィンゾン・ヘルナンデス投手は、来日2年目を迎えている。3月20日に「右半腱様筋筋損傷」と診断されて以降、リハビリ組での調整中だが「調子はいいです。回復状態もいいですし、痛みもないです」と、表情は明るかった。

 1996年12月生まれ、ベネズエラ出身で左投げ左打ちの投手。ダイナミックなフォームから繰り出す直球が最大の武器で、米大リーグでも通算91試合に登板した。そんなヘルナンデスだが、野球を始めたきっかけは意外なものだった。「15歳まではサッカーをやっていました。その時に『やりたかったら野球をやろうよ』って言われて、やってみたら楽しかったので、そこからを野球を始めました」。

 友達からの“一言”が、自分の人生を大きく変えた。今は公称188センチ、115キロという大柄な男。野球に誘ってくれた友達も「『なんで野球やんないの? そんなに大きいのに』って言われて。『じゃあいこうか』ってやってみて、どうなるかなと思っていたら、楽しかったんだよ」。一番最初に、自分の才能を見抜いてくれたのがその友達だったのかもしれない。本格的に野球に触れるようになった。

ベネズエラからドミニカ共和国、そしてアメリカへ…わずか8年でメジャーデビュー

 最初はルールもまともに知らなかったという。野球を始めたことがきっかけとなり「ベネズエラにいて、その後ドミニカに行きました。1年間くらいでベースを教わっていった感じです」と経緯を明かす。ヘルナンデスの「物事に適応していくこと、時間を有意義に使っていくことが大事かなと思います」という言葉は、とても説得力に満ちていた。

 レッドソックスとマイナー契約を結んだのが2013年。15歳の2011年まではサッカーをやっていたのだから、わずか2年でマイナーリーグのユニホームを着るまでに成長した。野球を始めた当初は130キロ前後だった球速も「アメリカに着いた時にやっと90マイル(約145キロ)とか。その後にしっかり、3年間くらい練習して97マイル(約156キロ)、98マイル(約158キロ)が出るようになりました」と明かす。

 メジャーデビューしたのが2019年。野球を始めて、わずか8年でアメリカンドリームを手にした。2023年にはワールド・ベースボール・クラシック(WBC)にベネズエラ代表として出場。今となっては、野球が「めちゃくちゃ好きです」とはにかんで笑う。怪我も少しずつ癒えて、実戦登板も近づいてきた。「上手くなりたいし、戦っていくということを楽しむ気持ちでマウンドに上がっています」というヘルナンデス。1軍を助ける日が必ず来る。

(竹村岳 / Gaku Takemura)

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