欠かせぬ痛み止め「体が動いてくれない」 感動の“引退式”も…翌日にまさかの指令「イケマスカ?」
初芝清氏は現役ラスト17年目で悲願のリーグ優勝&日本一
「飲んでないのに酔うんですよ」。強打の内野手として「ミスターロッテ」と称され、現在は社会人野球「オールフロンティア」で監督を務める初芝清氏。入団以来Aクラスは1度しか知らなかったが、17年目の現役ラストイヤーはリーグ優勝、さらには日本一まで味わった。忘れられない2005年を回顧した。
38歳を迎えた初芝氏は“勤続疲労”を自覚していた。「2年前ぐらいから右の股関節が良くなくて、痛み止めが欠かせなかった。自分の見えている感覚と体の感覚にズレがあって、捉えたと思ったのが詰まったり。変なスイングになっていたりした。体が動いてくれない。もう、そろそろかな……というのはありました」。誰しもいつかは訪れる引退への意識は抱いていた。
ボビー・バレンタイン監督は、鹿児島キャンプで選手個々との面談を設定した。「僕は選手間の汚れ役でも何でもいいからチームに貢献する、そんな話をしました。野手で一番年上でしたし」。ロッテで最初に指揮を執った1995年に、既に在籍していたベテランを監督は信頼した。「成績(34試合出場で打率.220)がそんなに良いわけじゃなかったけれど、ずっと1軍にいました。一度もファームに行ってません」。
その指揮官から進退を“一任”された。「ボビーに『残りたいならば残っていいですよ』と言われ、考えました。実際に引退を決断するのは、なかなか難しかったけれど、タイミング的にもそうかなと思って」。9月19日に2005年シーズン限りでの引退を表明した。
この年の規定は3位以内が進出するプレーオフを制した球団がパ・リーグ優勝。2位のロッテは9月22日、1位のソフトバンクと対戦した。レギュラーシーズンの本拠地最終戦で、引退セレモニーが準備されていた初芝氏は6回に代打で出場し、死球を足に受けた。痛みで飛び跳ねるように小走りで一塁に向かう姿は、観衆の笑いも誘った。試合後は歓声を浴びながら場内を1周し、感動の嵐を呼んだ。
ところが、なのだ。「引退セレモニーをしたら普通は次の日から、いないですよね。でも僕はそこから1か月やってましたからね」。セレモニー翌日の楽天戦は仙台へ当日移動。すると、今江敏晃内野手(現・楽天監督)が下半身の不調を訴えた。
「ボビーが僕を呼んで言うんですよ。『イマエサン、アシガイタイ。スタメンイケマスカ?』って」。監督が緊急事態で頼ったのは、やはりベテラン。「9番・三塁」でフル出場し、ヒットもきっちり打ってみせた。僚友の小林雅英投手からは「アレレ、昨日は引退セレモニーやってませんでしたっけ」と突っ込まれたのだが。
「これまでは下剋上。ファイナルをマリンで。熱いマリーンズファンの前で」
ロッテは2位でプレーオフに駒を進めた。第1ステージで西武に2連勝し、ソフトバンクが待つ福岡へ乗り込んだ。第2ステージもいきなり2連勝でリーグ制覇に王手。「みんなロッカーで、もうパニックですよ。3試合目の時はビールかけ用に水中メガネとか置いてありました」。しかし、2試合連続でひっくり返され、逆王手をかけられた。決戦の第5戦も1-2とリードを許し、8回に入った。敵地で崖っぷちのムードが漂っていた。
初芝氏が流れを変えた。観客席に「生涯ロッテ初芝清」の横断幕が掲げられる中、この回の先頭で代打に立った。三遊間へのゴロでも懸命に走ると、サードとショートがぶつかり、一塁送球も乱れた(記録は内野安打)。続く福浦和也内野手の右前打で一、二塁。1死後に里崎智也捕手の左中間フェンス直撃の二塁打で逆転した。初芝氏はそのまま三塁守備にも就き、ロッテ31年ぶり優勝の瞬間を体感した。
そしてビールかけ。「西武が何連覇したとか、いつもテレビで見ていたシーンを、初めて現実にできた。感動しましたね。プロ野球選手が『ビールかけがしたい』と言う意味が、その時に分かりました」。現役17年間の最後に悲願を成就した。
会場中が歓喜に沸く。「ただ誰も経験がないから(段取りが)分からない。だからビールが冷えているんですよ。かければ、かける程に寒かったです」。嬉しい悲鳴は耳に残る。酒が大好きな初芝氏をして「初めて皮膚からアルコールが吸収されることを知りました。飲んでないのに酔うんですよ」と言わしめた。
この後に行われた日本シリーズで、ロッテは阪神に4連勝と圧倒して頂点を掴んだ。2回目のビールかけは「みんな、何か妙に落ち着いてましたね。1回経験しましたから」と笑う。
ロッテは初芝氏の引退後、2010年にも日本一に輝いている。リーグ3位からクライマックスシリーズ、日本シリーズを駆け上がった。
今は社会人チームを率いる初芝氏。多忙ながら「もちろんロッテを応援しています」と愛を語る。「まだ1度もないマリンでのファイナルステージを、というのは常に期待していますね。その上での日本一。これまでは下剋上、下剋上ですから。やっぱりファイナルをマリンで。熱いマリーンズファンの前で」。“ミスターロッテ”とファンに愛された男は、自身もファンを想い続けている。
(西村大輔 / Taisuke Nishimura)