苦悩の末に見つけた“本音” 「強くなりたい」…変わるシャツの色、復活22歳の素顔
オリックス・山下舜平大「楽しいです。だから、何があっても頑張れるんです」
眩しいはずの視界が一瞬だけ、ぼやけた。口元を震わせたが、涙は堪える。よぎった苦悩を、グッと胸の奥にしまい込んだ。せっかくの晴れ舞台。オリックス・山下舜平大投手は、笑顔で無数のフラッシュライトを浴び続けた。
18日の日本ハム戦(京セラドーム)。5回1失点の投球で今季初勝利を挙げた。本拠地・京セラドームのお立ち台は拍手喝采。自分自身に見せたかった景色にたどり着き、絶景を堪能した。感極まった一瞬こそが、苦しさを乗り越えた22歳の“素顔”だった。
「いろいろ考える時もありますけど、楽しいですよ。毎朝、やるべきことを整理して1日をスタートします。『次はこうしよう』とか『こうした方が良いかな』とか。練習ですね。本番に最高のパフォーマンスが発揮できるように。考えれば考えるほど、ワクワクします。記事、書くのと一緒じゃないですか? 楽しいですよ。だから、何があっても頑張れるんですよね」
爽やかな風と強い日差しが突き刺さる、大阪・舞洲。練習すればするほど、びしょ濡れのアンダーシャツを何度も着替える。日照りがなくなった頃、練習が終わると黒髪は艶やかさが増す。流し切った汗が、まるでシャワーを浴びた直後のように映る。タオルだけでは拭いきれない葛藤も、突き進む燃料とした。
ずっと練習しているから、顔を合わせても話しかけるタイミングがわからない。「今、いいですよ!」。OKサインが出た数分間、現状を真剣に尋ねる。最後は他愛もない世間話へ。「じゃあ、また……!」。そう言って別れを告げても、また室内練習場で顔を合わす。紺、黒、白……。日々、3枚以上のシャツを見た。
切実な言葉は、胸を打つ。珍しく地面に座り込んで話したこともある。「刺激が欲しいです。でも、刺激って何ですかね? 勝ちたい。それしかないですね。勝って気持ちを晴らしたいというか……。勝ちたいです。本当にそれだけ。もう1年間、勝ってないんです。でも、勝ちたいから頑張ります、本当にその気持ちだけです」。うつむくのは数秒だけ。スクッと立ち上がった時には笑顔に戻っている。
「最後まで強くなりたい。ずっと勝ちたい」
黙々と練習する姿は“孤独”に映るかもしれない。全体練習が終わっても、室内練習場でネットスローやダッシュを繰り返す日々。先発登板でない日、ファームの試合が始まっても1人で黙々とトレーニングに励む姿がある。
1人を知ったからこそ、絆は深い。今月2日、舞洲には紅林弘太郎内野手の姿があった。室内練習場の最奥で打撃マシンを相手にバットを振り続ける1学年先輩の姿を見た。自身の練習が終わっても、まだ紅林は快音を鳴らしている。個別練習を始める前、最奥まで歩を進めた。「クレさん、拾いますよ」。少ない口数で、一緒にボールを集める。拾い終わると“持ち場”に戻って、またダッシュを繰り返した。
1人での練習も“孤独”ではない。見渡せば仲間がいる。グラウンドを離れると、笑顔が弾けることの方が多い。宮城大弥投手が舞洲で練習する際は、いつも一緒。場を和ませるため冗談を言ってくれる先輩に“甘える”一面を見せ、鋭い眼差しはマウンドに置いてくる。
怪我もあり、苦しんだ1年間。ただ、曇った表情は前に出さず、常に明るかった。「暗い顔して、何になるんですか?」。うつむくのは一瞬だけ。目の輝きは、いつも変わらなかった。
今季初勝利から10日後。28日のソフトバンク戦(長崎)では7回103球2安打1失点で今季2勝目をマークした。記念球を守護神のアンドレス・マチャド投手から譲られると、謙遜しながらも最後は受け取った。1年間、勝ち星から遠ざかった剛腕にとって、1勝目だけでなく2勝目も確かなメモリアルだ。
挑戦には失敗がつきもの。「そりゃ、簡単にはいきませんよ。そんな簡単に良いボールが投げられたら、苦労なんかしなくていいじゃないですか。あと何年、野球ができるのかわかりませんけど、最後まで強くなりたい。ずっと勝ちたい。だから練習するんですよ、みんな」。最速161キロも、まだまだ序章に過ぎない。
(真柴健 / Ken Mashiba)