弟を破って甲子園出場…尽誠学園コーチの思い 背負う23人の“弟分”、聖地で叶える夢

2020年夏の甲子園交流試合に出場した尽誠学園・橘孝祐コーチ
5年前に断たれた夢は今に続いている。第107回全国高校野球選手権に出場している尽誠学園(香川)の橘孝祐コーチは、2020年に甲子園で行われた交流試合に「8番・捕手」で出場した“コロナ世代”だ。大学を卒業して今年3月末に指導者兼寮監として母校に帰還。夏の聖地に戻ってくる途中で立ちはだかったのは、ライバル校にいる高校3年の弟だった。
「尽誠に帰ってすぐにブチ切れたんです。初めて見た試合が春の坂出商戦。3-4で負けたんです。もっとこのユニホームの重みを感じで欲しいと伝えました。甲子園に行けるかもじゃ絶対に行けない。僕らの代の尽誠は『どう考えても甲子園に行けるぞ』という気持ちを当たり前にしているほど練習しました。全国制覇を目指せる有難みももっと感じて欲しい」。
そう語るのも無理はない。橘コーチが最上級生だった当時、尽誠学園は県下で圧倒的な強さだった。秋季四国大会で準優勝し、翌2020年の選抜出場校に選ばれだが新型コロナウイルスの影響で開催が中止。選手権大会も中止になった。県高野連の代替大会で頂点に立ち、家族と教職員だけが入った甲子園での交流試合で智弁和歌山を8-1で下した。
その後は高知工科大へ進学。在学中に5歳下の弟・朋宏が高松商へ進学すると、叶えられなかった夢を弟に重ねた。橘コーチはやや照れながら「弟の練習試合にまで応援に行っていました」と話す。去年10月に大学野球を引退し、兄弟で語らう時間も長くなった。
兄の期待に応えるように朋宏は「観客でいっぱいの甲子園に家族を連れて行きたい」と奮起。昨秋の四国大会準決勝で2打席連続本塁打を放ち、今春の選抜大会出場に繋げた。だが、兄が指導者として県内他校に所属することが決まってから兄弟の会話は激減。橘コーチも「極力実家に帰らないようにしていました」という。
県大会準々決勝で弟のいる高松商と対戦…1-0で勝利
そして7月。最後の夏に臨んだ弟に土をつけたのは、兄が教える尽誠学園だった。いつもはスタンドにいる選手たちを後方から見守る橘コーチも、「最終打席だけはお兄ちゃんとして目に焼き付けようと、別の場所に移動しました」。試合が進むごとに胸中は複雑になった。
両エースの投げ合いを1-0で尽誠学園が制すると、顔なじみの高松商の保護者から「うちの分も頑張って」と声をかけられた。うまく言葉を返せない。だが、尽誠学園の3年生23人にも同じ夢がある。教え子と1日でも長い夏を過ごすことが、弟への労いになる。
校歌を反り返りながら歌う選手たちを見ながら、橘コーチは「自分と重なりますね」と笑顔になった。「尽誠に今いる選手たちとはまだ数か月の関わりですが、24時間一緒にいるので弟のように可愛いんです。勝ちだけを求めず誰かのために、この子たちにも頑張ってほしいです」。そう“弟分”たちへ思いを込めた。
(喜岡桜 / Sakura Kioka)