左手指がない「自分を使うのは勇気がいる」 県岐阜商“強打者”が見据える未来と感謝

日大三戦に出場した県岐阜商・横山温大【写真:加治屋友輝】
日大三戦に出場した県岐阜商・横山温大【写真:加治屋友輝】

89年ぶりの夏の甲子園制覇目指したチームは、準決勝で日大三の前に敗退

 第107回全国高校野球選手権大会は21日、県岐阜商が日大三(西東京)との準決勝に延長10回タイブレークの末、2-4で惜敗した。生まれつき左手に人差し指から小指までが無いハンデを抱える横山温大(はると)外野手(3年)は「7番・右翼」で出場。1点ビハインドの2回に同点右犠飛を打ち上げるも、今大会5試合目で初めてノーヒット(3打数無安打1打点)に終わった。敗戦後には大学進学後も野球を続け、最終的にプロを目指す意向を明かした。

「ここまで来られて、悔いはありません。チーム全員でやり切ったという気持ちです。みんなで胸を張って家に帰りたいと思います」。試合後、報道陣に囲まれた横山の目に涙はなかったが、それでも額から流れ落ちる汗が目に入るようで、盛んにまばたきを繰り返していた。

 公立校としては2007年の佐賀北以来18年ぶり、県岐阜商としては戦前の1936年以来89年ぶりとなる夏の甲子園制覇へ向け、快進撃を続けるチームを、ここ数日はあらゆるメディアが報じ、特にハンデをものともしない横山の奮闘に注目が集まっていた。

「自分のことを知ってもらえるのはうれしいですし、周りの人たちに勇気とかを与えられることを目標にしていました。自分みたいな子どもたちに『こういう場に立てるんだぞ』と示せて、良かったと思います。今後、自分みたいな人たちがいろいろな所で活躍するのを楽しみにしたいです」と使命感を垣間見せた。

 2-2の同点で迎えた9回。先頭で左飛に打ち取られたのが、結果的に最後の打席となった。「打席に立つ前に、すごく大きな声援をいただいて、打てなかったのですが、ここまでやって来てよかったと思いました」と唇を綻ばせた。

 今夏の岐阜県大会前、特に打撃の進境が著しく、レギュラー背番号の「9」を獲得した。県大会6試合でチームトップの打率.526(19打数10安打)をマークして実力を証明したが、「自分もここまで来られるとは思っていなかったです。周りの方々のサポートのお陰ですし、特に(藤井潤作)監督にとって、自分を使うのはとても勇気がいることだったと思います。周囲の目を気にせずに使っていただいて、とても感謝しています」と謙虚に首を垂れた。

日大三戦に出場した県岐阜商・横山温大【写真:加治屋友輝】
日大三戦に出場した県岐阜商・横山温大【写真:加治屋友輝】

生まれつき右手の手首から先が無くてもメジャー通算87勝を挙げた左腕投手

 外野手としても、遠目には全くハンデを抱えている選手に見えず、むしろ平均以上の守備力を発揮した。右手にはめて捕球したグラブを、素早く左胸に抱えると、右手でボールを抜き出し送球する……一連のスローイング動作は自ら工夫と研究を重ねて中学時代に完成させたが、「高校に入ると走者の足が速くなり、周りのレベルも上がったので、もっと速くしないといけなくなり、一からつくり直しました」と振り返った。

 横山のチャレンジはまだまだ続く。「まずは大学進学。もっとレベルの高い所で、目標を持ってやっていきたいです」と野球継続を表明。最終的には「どこまで行けるかわかりませんが、限界まで、行けるならプロまで、頑張っていきたいです」と胸の内を明かした。

「県大会の前や今大会の前には(プロは)遠い存在でしたが、(甲子園での活躍で)ちょっとは近づけたかなと思います。でも、プロはそんな甘い世界じゃないとわかっているので、もっともっと成長して、もっともっとレベルアップしていきたいです」とボルテージを上げた。

 母の尚美さんも「温大は『ずっと野球ばかりやってきて、もしプロになれないとすると、何になればいいの?』みたいな言い方をよくします」と証言する。

 米国では、生まれつき右手の手首から先が無かったジム・アボット氏が、左腕投手として米国代表入りし、公開競技として野球が実施されたソウル五輪で金メダル獲得に貢献。その後MLB入りし、エンゼルス、ヤンキースなどでメジャー通算87勝(108敗)を挙げた。“和製アボット”がNPBで活躍する姿を、ぜひ見てみたい。

(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)

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