勝利に貢献したのに…監督の逆鱗に触れた“サイン無視”　プロ入りを呼んだ地獄の特訓

達川光男氏は東洋大・高橋監督の下でプロを意識した練習に励んだ

　大学でさらに飛躍した。広島カープで活躍した達川光男氏は1974年から4年間の東洋大時代に、持ち前の強肩などの「捕手力」に加えて「打撃力」アップにも力を注いだ。それは東洋大・高橋（当時の姓は佐藤）昭雄監督との出会いがあってのこと。大卒でのプロ入りという目標を実現するため、徹底的に強化された。ある試合をきっかけに「監督には『君がバックスクリーンにホームランを打つまで練習をやめない』と言われていた」という。

　1973年の甲子園大会で、春準優勝、夏優勝の広島商の正捕手との看板も引っ提げて東洋大に入学した達川氏は、まず高橋監督から「君の目標は何だ？」と聞かれたという。「『プロ野球選手です』と答えたら『そうか、わかった』って。それだけの会話だったんですけどね」。それ以来、プロを意識した指導をしてくれたそうだ。打撃力をアップさせようとしたのも、プロを目指すなら必須条件との考えが、監督にあったからだった。

　その関連で、達川氏は当時の記憶をたどりながら、こんなことを口にした。「神宮（球場）で、どことの試合だったかは忘れたけど、1点差で負けていて、ノーアウト一、二塁で自分に回ってきた。で、監督のサインをみたら『打て』だった。でもね、広商で、この場面で『打て』なんて絶対ないなと思って、勝手に送りバントしたんです。それで、その試合に勝って、はしゃいでいた。そうしたらロッカールームで監督に叱られました」。

　高橋監督からは「何で君は（あの場面で）打たなかったんだ？」と聞かれたそうだ。「私が『バントした方が、点が入ると思いました。すみませんでした』と言うと、監督は『君はプロ野球に行きたいんじゃないのか！　君がホームランを打ったら3点だ。送りバントしたから2点しか入らなかったじゃないか！』って」。その話の流れで指令を出された。それが「明日から君がバックスクリーンにホームランを打つまで練習をやめないぞ！」だった。

　そこから、過酷な打撃強化練習が始まった。「大学のグラウンドで（バックスクリーンまでは）100メートルぐらいだったと思うけど、なかなか入らないんですよ。パワーがないから、これでどうだっていうのもワンバンでギリギリ届かなかったり。でも、監督は本当に練習をやめなかったんですよ」。とにかく打つしかない状況。それで自然と鍛えられていった。「ちゃんと入った時は、ああこうやって打つんだなって思いましたしね」。

東洋大学3年秋に東都大学リーグで初優勝　松沼弟とのバッテリーで貢献

　ちなみに、なかなかバックスクリーン弾を打てない時はチームメートが助けてくれたそうだ。「みんなも状況がわかっているから、監督がよそみしているような時に“あー、入ったぁ”ってやってくれたんです。ある程度の時間になった時にね。まぁ、監督もそれはわかっていて、見て見ぬふりをしてくれたと思いますけどね。そういう指導もしてくれましたよ」。

　大学時代の達川氏は1974年の1年春からベンチ入りしたが、最初は守備と代打で数試合に出ただけ。それが社会人チームとのオープン戦でホームランを打ったのがきっかけで、1年秋から使ってもらえるようになったという。3歳上の先輩エースが松沼博久投手（元西武）でキャッチングのミスで怒られたりもしたそうだが、その経験も捕手としての技量アップにつなげた。

　そんな松沼先輩の弟である松沼雅之投手（元西武）も思い出深いという。「（松沼弟は）私より1年下ですが、（東洋大に）入ってきて10球ほど彼の球を受けた時に、同級生に言いましたよ。『松沼（弟）がいたら優勝できるぞ』ってね。『そんなにいいのか』と聞くから『ものすごい、いいよ』ってね。実際に完封、完封って、彼はすごいピッチングをしましたからね」。

　1976年、達川氏が大学3年の秋に東洋大は2年生右腕・松沼弟の活躍もあって東都大学リーグで初優勝を果たす。「あれは駒沢大がこけてくれたというのもありましたけどね」と振り返ったが、高橋監督の指導により、自身も攻守に渡ってレベルアップした結果でもあったのは言うまでもない。大学での成長で、高校時代以上に、プロから注目される捕手になった。「高橋監督に出会えたのはやっぱり大きかった。私は運がよかったと思う」とつぶやいた。

（山口真司 / Shinji Yamaguchi）