入団直後に頭下げ「退団させてください」 1年で16球団のテスト受験…23歳の執念

ジャパンウィンターリーグに参加する冨樫晃毅【写真:木村竜也】
ジャパンウィンターリーグに参加する冨樫晃毅【写真:木村竜也】

「俺、ここでやりたい」渡米決断 安定を捨てて申し入れた“身勝手な願い”

 たった一度の衝撃が、人生を劇的に変えた。沖縄で行われている「ジャパンウィンターリーグ(JWL)」に参加する冨樫晃毅投手。これまで独立リーグで着実に腕を磨いていた23歳は、異国の土を踏みしめ、MLBへの道をこじ開けようとしている。

 この1年間で受けた入団テストは、実に16球団にのぼる。カナダ、ドミニカ、韓国……。英語も話せず、海外志向もなかったはずの男は、なぜ安定を捨てて海を渡ったのか。

 山口県の熊毛南高から九州総合スポーツカレッジ、独立リーグ・宮崎サンシャインズを経て、茨城アストロプラネッツへと渡り歩いてきた。転機は今年2月だった。

 茨城に入団直後、米国でプレーする機会を得る「アジアンブリーズ」に参加。そこでMLBの卵たちと対戦し、メジャー仕様の施設を目の当たりにした瞬間、衝撃が走った。「今まで感じたことのないワクワク感がありました。『あ、俺ここで野球やりてえ』って、パッとスイッチが入ってしまったんです」。NPBを目指していたはずの視線は、一気に太平洋の向こう側へと釘付けになった。

 興奮冷めやらぬまま帰国し、茨城のGMと監督に頭を下げた。「僕、アメリカで挑戦してみたいので退団させてください」。これからシーズンを戦おうというチームへ、自分を獲ってくれた首脳陣に対して、あまりに身勝手な願いであることは百も承知だった。一度は残留を頼んだ監督だったが、「お前がそこまで頑張るんだったら、俺は応援するよ」と最後には背中を押してくれた。

足りなかった「あと1マイル」 明暗分けた現実

 退路を断った冨樫は、北米の独立リーグ「フロンティアリーグ」のオタワ・タイタンズへ入団。しかし、現実は甘くなかった。オープン戦では4回を自責点1に抑えたものの、開幕からわずか3試合目の朝、監督に呼び出された。「いい選手が2人獲れたからカットさせてほしい」。公式戦で投げることなく、クビを宣告された。

 その後、カナダの別リーグに移るもレベルや注目度の低さに悩み、「どうせなら本気でリスクを取って勝負するしかない」と決意。「結果も出ていないのに場所変えるのもどうなんだ」。疑心暗鬼になる時も正直あった。だが歩みは止めなかった。約1か月で退団し、MLBのスカウトが多く足を運ぶドミニカへ単身乗り込んだ。

 ドミニカではエージェントを通じて動画をばらまき、興味を持った球団のトライアウトを受ける日々。約3か月でMLBの13球団に見てもらった。最速95マイル(約153キロ)を計測し、アメリカ本土のスカウトが訪れる“3次テスト”まで進むこともあったが、契約には至らなかった。

 韓国でMLBのテストがあると聞けばすぐ受けに飛んだ。「あと1マイル足りない、と言われました。普段なら出ている球速なのに……。そこに明確なラインがあるようで、あと1マイルあれば今すぐ契約したと」。ほんのわずかな差が、天国と地獄を分けた。

 給料が出るわけではない。これまで貯めてきた貯金はほぼ全て野球のために費やした。「この1年は、今までの22年間よりも濃いです。めちゃくちゃしんどかった」。元々はシャイで、自分から行動するタイプではなかったという。それが今では、異国の地で「当たって砕けろ」の精神でマウンドに立ち続けている。

「高いレベルでできないなら、26歳で辞めると決めています。だからあと3年」。無謀と言われても構わない。一度知ってしまった“あのワクワク”を掴み取るまで、冨樫の旅は終わらない。

(木村竜也 / Tatsuya Kimura)

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