衝撃の“33-4”は「恩恵にあずかった」 リーグVの阪神圧倒…31年ぶり日本一の裏側

ロッテ現役時代の大塚明氏【写真提供:産経新聞社】
ロッテ現役時代の大塚明氏【写真提供:産経新聞社】

ロッテ前コーチ・大塚明氏、現役時代の2005年の日本一に貢献

 衝撃的な日本一だった。今季、ロッテのチーフ打撃コーチ兼走塁コーチを務めた大塚明氏は、今オフ、32年間所属したチームを退団。入団後初めて球界を離れ、来年は外からプロ野球を見守る。ロッテ一筋だったプロ野球人生。現役時代の2005年は、攻守で31年ぶりのリーグ優勝と日本一に貢献した。

 プロ12年目の2005年。ボビー・バレンタイン監督が指揮を執ったロッテは、ペナントレースで84勝49敗3分けで貯金35、勝率.632と圧倒的な成績を残した。大塚氏も「ずっと勝っている感じでした」と振り返る。ただ、ソフトバンクがそれを上回る89勝45敗2分けで1位。“2強”が際立ったシーズンだった。

 大塚氏は96試合に出場。相手投手が左腕の際には先発起用されることが多く、打率.293を記録した。打率3割に迫る成績に「10年以上かかって、ようやく答えらしきものがつかめた」と手応えを得た時期である。俊足と打球勘を生かした外野守備は安定感抜群。刺殺数144、補殺数2などを記録し、パ・リーグ1位の守備率10割でチームを支えた。

 海からの強風が吹き込むマリンスタジアムの飛球処理は難しい。しかも、日によって風の強さが大きく異なる。「とんでもない打球の時もあるし、最初は下手でした」。打球が上がった瞬間に落下点を把握する“打球勘”を身につけるまでは、守備に自信を持てていなかった。

 だが、猛練習を繰り返し、打球から一度目を切って落下点に一直線に入れるようになってから、飛躍的に守備力が伸びたという。「マリンの環境が、常に落下地点をイメージする能力を培ってくれたのかなと思います。打球勘が養われてからは守備が楽になりましたね。他球団の球場は何も怖くなかったです」。スタメンではない試合でも、終盤の守備固めで重宝された。

元ロッテ・大塚明氏【写真:尾辻剛】
元ロッテ・大塚明氏【写真:尾辻剛】

日本シリーズ全試合に出場「1本ヒットを打って良かった」

 攻守で存在感を示した中、迎えたプレーオフ(現クライマックスシリーズ)。第1ステージは西武に連勝して突破すると、ソフトバンクとの第2ステージは先に連勝して王手をかけた。その後、連敗を喫したが第5戦を3-2で制し、31年ぶりのリーグ制覇を達成(当時はプレーオフを制したチームが優勝)。ペナントレース1位チームにプレーオフでのアドバンテージがない最後の年だった。

「ソフトバンクがヤバいくらいに強かった年。まさかプレーオフで勝てるとは思っていなかった。シーズンは2位だったし、優勝したという感覚はなかったですね」

 阪神との日本シリーズは、本拠地での第1戦が10-1。第2戦も10-0と完勝した。甲子園に場所を移しても勢いは止まらず第3戦は10-1。第4戦は接戦となったが3-2で振り切り、スイープで31年ぶりの日本一を達成した。全4試合の合計スコアは33-4。セ・リーグ王者を圧倒する衝撃的な数字は、大きな話題となった。

「あのシリーズは凄かったですよね。レギュラーの選手が凄く打っていました。投手陣も良かったし、僕はあまり活躍してません。恩恵にあずかって日本一になった感じです」。そう謙遜するが、日本シリーズ全4試合に出場。第2戦では代打で江草仁貴から左前打を放っており「1本だけヒットを打って良かったです」と振り返った。

 右投手には左打者、左投手には右打者を重用するなど日替わり打線を好んだバレンタイン監督の構想にもマッチして年間を通して活躍。不動のレギュラーではなかったものの、チームに欠かせない名バイプレーヤーだった。

(尾辻剛 / Go Otsuji)

RECOMMEND

KEYWORD

CATEGORY