開幕1軍に「えーっ」 腱鞘炎で棒に振った春…監督も眼中なし、感じたドラ1の“特権”

西本幸雄監督体制1年目…予期しなかった開幕1軍
1973年近鉄ドラフト1位外野手の栗橋茂氏は(藤井寺市・スナック「しゃむすん」経営)はプロ1年目(1974年)から開幕1軍入りを果たした。宮崎・延岡キャンプ早々に、腱鞘炎となって大きく出遅れ、オープン戦もまともにできていなかった中でのことだった。この年は55試合、73打数13安打の打率.178、1本塁打、4打点の成績に終わったが、ジュニアオールスターMVPなど“大物”ぶりも発揮した。
栗橋氏がプロ1年目のシーズンから、近鉄は西本幸雄監督体制になった。「俺は西本さんと(近鉄で)同期なんですよ」と笑いながら、熱い指導を思い起こした。「フリーバッティングでは普通、最初、軽く振って、だんだん慣れていくって感じだけど、西本さんは慣れてきてカーンじゃなくて、最初からカーっと振っていけと。ゲームでそんなことができるかってね。1球目から真剣勝負。その結果、自打球とかになっても、それでいいって」。
1年目の宮崎・延岡キャンプで、栗橋氏はフリー打撃で「ピッチャーみんなに癖があった。ボールが変化したりで、芯になかなか当たらなかった」と苦しみ、腱鞘炎になった。バッティング中止となり、思うような調整ができなかった。それも指揮官が求める“真剣勝負練習”の結果だったとはいえ、怪我が長引き、以降のキャンプだけでなく、オープン戦もほぼ棒に振ったのは大誤算だった。ところが、そんな状況で開幕1軍が告げられた。
「あの時、俺はオープン戦にもまともに出ていなかったんじゃなかったかな。当然、2軍からのスタートだろうと思っていたよ。そしたら、開幕1軍。“えーっ”て、俺がびっくりでしたよ」。この抜擢について、栗橋氏は「大卒(1位)だったからかなぁ。でもキャンプでも(途中から)俺のことなんて、西本さんは全然見ていなかったと思うけどね」といまだに首を傾げたが、人一倍、全力で勝負する姿が、指揮官好みだったのではないだろうか。
プロ初出場は開幕4戦目、4月10日のロッテ戦(後楽園)、0-5の7回表に代打で起用されて、ロッテ・木樽正明投手の前に三振だった。「ナイターは大学の時に経験していたけど、やっぱり(ボールの)速さを感じたよね。絶対見逃し(三振)はしないぞと思いっ切り、振っていったんだけど、最後、アウトコースの真っ直ぐを見逃しちゃったんだよね」と悔しいデビューだったようだが、2試合目の出場となった4月13日の太平洋戦(藤井寺)ではプロ初安打を記録した。
途中から左翼に入って回ってきた1-6の9回裏の打席で太平洋の右腕・三浦清弘投手から放った。「あれは内野安打だったけどね」。その後、代打での出場5試合を経て、初スタメンは、3番・羽田耕一内野手、4番・土井正博外野手に続く5番右翼。結果は3打数無安打だったが、6番に左の大砲クラレンス・ジョーンズ内野手を置いての、いきなりクリーンアップでの出場は期待の大きさもうかがわせた。
プロ1号は山田久志からサヨナラ2ラン…1年目は1HR、4打点
「この時はね、フリーバッティングが凄かったからですよ。練習での俺は凄かったから。ボンボン飛ばして“チャンピオン”だったからね。公式戦に入ったら、バッティングピッチャーも変な球は放ってこないしね。西本さんは、それに騙されたと思うよ」と笑ったが、何かやりそうで、使いたくなる魅力溢れる選手だったのは間違いない。プロ初打点は5月14日の太平洋戦(熊本・藤崎台)、0-0の7回に代打で登場して押し出し四球で決勝点をマークした。
「最後の球はストライクだったかもね。まぁ1-0だから貴重な1点。(対戦投手で同い年の当時太平洋の)柳田(豊)はいまだに言うけどね。『あれはストライク』って」。7月21日に後楽園球場で行われたジュニアオールスターゲームではMVPにも輝いた。「決勝タイムリーを打った。賞金ではなく、確かステレオをもらったと思う」と、ここぞの場面での、勝負強さも見せつけた。
プロ初本塁打も劇的だった。9月16日の阪急戦(日生)、2-3の9回裏に阪急エースの山田久志投手から中越えの逆転サヨナラ2ランをかっ飛ばした。「その試合は途中に代打で出て、いい当たりしたから、西本さんが『守りにも行け』って。それで9回に回ってきて打ったんだよね。センターバックスクリーンにね。俺がプロに入った頃は、あまりあそこに打つ選手はいなかったと思う。俺は大学の時は(通算)8本塁打だけど、センターにはよく打っていたんだよ」。
それから思い出したように、こう付け加えた。「あの日、阪急の練習を見ていたら、福本(豊)さんと加藤(秀司)さんが、近鉄の方に来て佐々木恭介さんと話していた。そしたら福本さんが俺に『おい! センター打ってもヒットならへんでぇ』って。で、その試合でバックスクリーンへサヨナラホームラン。別にそれを意識したわけじゃないよ。山田さんの球は速かったから、引っ張れなかったからだよ」。
1年目の栗橋氏は1本塁打、4打点と数字を残したわけではないが、インパクトある仕事でアピールした形。随所に、ただ者ではない部分をちらつかせて、最初のシーズンを終えた。
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)