プロから誘いも想定外の評価 悩む18歳に“唯一”のオファー…背中を押した父の覚悟

今季限りで現役引退した三上朋也は県岐阜商から法大へ進学した
DeNAや巨人で活躍し、オイシックスで2年間プレーした三上朋也投手は今季限りで現役を引退した。NPBでは救援一筋で通算368試合に登板し、121ホールド、23セーブの成績を上げた長身右腕。しかし、県岐阜商高時代は野手として注目されており、ドラフト前に届いた調査書や大学からの誘いはいずれも野手の評価だった。現実的となったプロ入りに一時は心が揺れたが、唯一投手としての“オファー”を受けた法大進学を選択した。
2年の夏、三上氏は三塁手のレギュラーとして甲子園出場を果たした。打順は6番か7番。身長190センチの大きさと、高校通算18本塁打のパワーは、プロのスカウトからも注目される存在だった。
転機は3年生引退後の新チームだった。投手力が弱いチーム事情から、鍵谷英一郎監督(現岐阜県高校野球連盟、専務理事)との話し合いでマウンドに立つことになった。高身長ではあったが、体重は70キロ台で「モヤシみたいに細かった」。球速は最速でも140キロに届くかどうか。プロではスリークオーター気味のフォームで活躍したが、当時は「オーバースロー。何の特徴もない普通の投げ方の普通のピッチャー」だったと回顧する。
「だからエースでずっとピッチャーだけやっているという感じでなくて、ピッチャーで投げて、その後サードや外野に回ったりという感じですね」。当時は完投する体力も技術もなく、投げられるところまでマウンドに立ち、その後は野手としてチームに貢献する日々を送った。絶対的な存在ではなかったが、「試合に対する影響力は大きいし、自分の貢献度っていう部分ではすごい満足度というか、出しやすいポジションじゃないですかね」と、投手というポジションに魅了されていった。
3年夏は3回戦で敗退。ドラフト前の学校側との進路相談では、プロ球団からの調査書や、学費の面での優遇もある大学から話がきていることを伝えられた。ただし、いずれも野手としての評価だった。受け入れたらプロ入りが実現するかもしれない。高校生としては「胸踊る部分がありました」と心境を振り返る。
唯一「投手・三上朋也」として評価した法大
「2年生でサードで甲子園に出ていたから、野手として見られたんです。大学からの話も、ほとんどがセレクションは一応受けてくださいという話だったのですが、法政大学だけは投手として見てくれて、行くと決めたらすぐにOKという熱いオファーでした。ただし、学費の面でのサポートみたいなものはありませんでした」
三上氏の心は法大進学に傾いていたが、3人兄弟の三男で2人の兄が大学に通っていた家族事情を知る鍵谷監督は、金銭面での心配を口にした。しかし、三上氏の父は「大丈夫です。頑張ります。ちゃんと卒業させます」と即答した。「父が言ってくれた瞬間に、プロへの気持ちはシュッと収まったのを覚えています。プロへのワクワクしたものはなくなりました」。父の“覚悟”で自身も腹を決めた。
もっとも、「高校生ながらにまだ上には上がいるって、なんとなく思っていた。自信あります、みたいな感じではなかったので」。自分の“力量”を把握していた面もあり「絶対にプロ」というこだわりもなかったのだという。
投手として勝負したいという思いと、背中を押した家族の支え。迷わずに名門大学へと進んでいった。
(湯浅大 / Dai Yuasa)