「え、そんなこと言う?」 落合博満の“口撃”に唖然…逃した首位打者、3冠王に白旗

近鉄時代の栗橋茂氏【写真提供:産経新聞社】
近鉄時代の栗橋茂氏【写真提供:産経新聞社】

元近鉄・栗橋氏が振り返る落合とのタイトル争い

 そんなこと言う? 元近鉄の和製ヘラクレス・栗橋茂氏(藤井寺市・スナック「しゃむすん」経営)は、プロ9年目の1982年にパ・リーグ3位の打率.311をマークした。この年はロッテのオレ流・落合博満内野手が打率.325、32本塁打、99打点の成績で初の3冠王に輝いたシーズン。「打率で落合とちょっとだけ争ったんだけどね」と言い、その卓越したバット術だけでなく、“口技”にも衝撃を受けたという。「それで負けたんよ」と脱帽した。

 9年目の栗橋氏は開幕から4番を務め、存在感を見せつけた。2戦目、4月5日の阪急戦(西宮)では右腕・今井雄太郎投手から勝利打点となる1号3ランをブチかました。以前は相手が左投手になると代打を送られることもあったが、それも減った。左腕も打てるところを見せて、実力で傾向を変えていった。実際、この年は2号が日本ハム左腕・高橋一三投手から。4号も南海左腕の平沢隆好投手から放ち、さらに5号も日本ハム左腕・木田勇投手からだった。

「だって、あの頃の近鉄で左ピッチャーを打っていたのは俺だもん。あとはみんな左を打てないから、近鉄にはよく左が来たんですよ。日本ハムなら(高橋)一三さん、木田、間柴(茂有)とかね。間柴はナチュラルにスライダーするから、みんなどん詰まりしていたけど、俺は打っていたよ。間柴は俺のことを嫌がっていたもんね」。8月31日のロッテ戦(日生)では左腕・水谷則博投手から16号。「水谷さんはシュートがあるから難しいんでね、打てたのは嬉しかったね」と笑みを浮かべた。

 この年の栗橋氏の最終成績は打率.311、22本塁打、79打点。そんなシーズンでよく覚えているのが“落合発言”だという。「(打率を)落合と争ったんだけど、マスコミ(の取材)で、2人で何か会話するみたいなのがあった。別々にね。で、俺が最初で『首位打者、どうですか?』と聞かれて『いやぁ、俺なんか無理、無理』と答えたんだけど、落合は(その質問に)何て言ったと思う? 『最後、俺が取るでしょう』って言ったんだよ。“えっ、そんなこと言う?”って思ったね」。

 オレ流・落合は「(本塁打王、打点王、首位打者の)3つを獲る」など、目標を公言して挑むスタイルで知られていくが、当時の栗橋氏はまだそれを認識しておらず驚いたそうだ。「“いやいや、まだ分からないですよ”くらいならともかく、“最後は俺が獲るでしょう”って……。普通は言えないよ。嫁に言わされていたのか知らないけど……。まぁ、それで負けたんよ」と振り返った。

江川に感じた凄み「パ・リーグにいないボールのキレ」

 その2年後には巨人・江川卓投手にも凄さを感じたという。怪物右腕は1984年のオールスターゲーム第3戦(7月24日、ナゴヤ球場)で4回から全セの2番手で登板し8連続三振を記録。その時、栗橋氏は5回先頭の“4人目の打者”で三振に仕留められた。「パ・リーグにいないボールのキレだよね。ドーンとかじゃなくて、ピュピュッてくるのは捉えにくかったね。回転がすごいというか、速いというか、ホップしているような感じだったね」。

 江川は阪神・江夏豊投手が1971年7月17日のオールスターゲーム第1戦(西宮)で記録した9連続三振を意識していたと言われる。「9人目を振り逃げさせて、10連続(三振)を狙っていたらしいもんね。嘘だろうって思っていたら、本当だったんだよね」と栗橋氏も言う。9人目の打者の近鉄・大石大二郎内野手がカーブをバットに当てて二ゴロとなり8連続三振で終わったが「あれ、9(連続)でいいんだったら、真っ直ぐを放って、(三振を)とっていたと思うよ」と断言した。

「振り逃げさせるために、(打者・大石には)あそこでカーブになったんだろうけど、カーブはちょっと高かったら当たるわね。でも、真っ直ぐは本当に凄かったよ。みんな、かすらないもん。(8人目の打者の日本ハムのトミー・)クルーズなんか、3球ともミットに入ってから振っていたからね」。年下の大物、オレ流・落合や怪物・江川との“闘い”も、栗橋氏にとっては、いつまでも忘れられない思い出の1コマだ。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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