“遅かった”佐藤輝明の覚醒 通算215HR男が口にしていた課題…「意外とできてない」

栗橋茂氏は藤井寺市でスナックを経営…現役時代から始めていた
元近鉄4番打者の栗橋茂氏は、近鉄・藤井寺駅近くでスナック「しゃむすん」を経営している。店がオープンしたのは現役時代で、近鉄が連勝すれば優勝だったロッテとのダブルヘッダー(川崎)に1勝1分けで涙をのんだ「10・19」があった1988年オフ。「最初は内緒でやっていたんだけどね」という。10年くらい前から近鉄後輩の金村義明氏が栗橋氏の幾多の伝説をテレビ、ラジオなどで明かしてからは「それを聞きに来る人が多くなったよ」と微笑んだ。
栗橋氏はプロ16年目の1989年で現役を引退。それ以降はテレビ、ラジオでの解説業などで活躍したが、指導者として、再びユニホームを着ることなく、現在に至っている。その間のコーチなどでの誘いについては「西武があったのかな。昔、新聞記者が何かそれで電話をかけてきた時があったけどね」という。「でも断ってはいない。だから(正式な話は)来なかったんだよね。西武だったら行っていたのにね。まぁ、俺って、自分からは動かなかったからね」とも付け加えた。
通算215本塁打を放った左の大砲。その打撃力はハンパではなかっただけに、次世代が学べばプラスになることも多いはずだ。栗橋氏も「バッティングだったら教えてやりたいっていうのは今もあるけどね。特に左バッター。サトテル(阪神・佐藤輝明内野手)なんか、腕のたたみがうまくなって(2025年に本塁打、打点の2冠に輝くなど)ああなったけど、俺ならもうちょっと早く、それを言えたよ」と断言した。
「ずっと前から俺、それを言っていたんだよ。テレビを見ながらね。お客さんも聞いていたよ。この人、何言っているんだろうって感じだったかもしれないけどね。俺らも(元近鉄監督の)西本(幸雄)さんに腕のたたみを言われたからね。意外とできていないんだよね、それが。サトテルはそれがよくなった。高めの速い球にはついていけないけど、前は空振りしていたのが、ファウルで逃げるようにもなったよね。ヘッドが効いているから。ホント腕のたたみで打っているよ。スタンスをちょっと少なくしてね」

カナダやアフリカの日本人から訪問「あの話って本当ですか」
やはり野球の話になれば、自然と口調も熱くなる。「高校生は教えられないからね。資格を持っていないから。それも取りにいけばいいんだろうけど、そういうのにも俺って動かないからさ」と言い「プロ(の選手)でも来たらいいよ、ここに。左バッターで打てないヤツは……。俺、結構、左バッターに対しては、いいもの、持っていると思うよ」とプロでくすぶる左打者たちに、呼びかけるようにも話した。
ここ10年で、店を訪れるお客さんからは「あの話って本当ですか」と聞かれるケースが増えたという。「金村がいろいろ言ってくれたからだよね。あれがスタートだったね。(高知・宿毛キャンプで)漁師と喧嘩したとかさ。近鉄ファンじゃなくて、広島ファンとかヨソのファンも来るようになったからね。ああいう、伝説がどうのこうのとか、変な話をね」と言って笑った。
「カナダとかアフリカからも来たんだよね。(そこに住んでいる)日本人だけどね。どっかから聞いてきたんだろうね。カナダの子は実家が千葉だけど、もう20年くらい帰っていないというから『じゃあ明日帰るのか』って聞いたら『いや、このまま藤井寺からカナダに帰ります』って。『帰ってやれよ』って言ったけどね」。そんな風に気さくに話してくれるから、なおさら“栗橋さんの話を聞きにいこう”という人が増えているのだろう。
古巣の近鉄は2004年限りで、オリックスに吸収合併されて消滅した。バファローズの名前は残っていても「やっぱり(今のオリックスは)阪急だからね。その辺の寂しさというのは、年とともにやっぱり感じるね」と栗橋氏はしんみりと話す。「(以前は)何とも思っていなかったけど、年をとって、自分が育ったチームがないっていうのはねぇ……。人間関係もそうだし、やっぱり心細くなってくるよね」と漏らした。
「(2025年)8月に小川亨さん、佐々木恭介さん、石渡(茂)さん、梨田(昌孝)、羽田(耕一)と俺の6人の(近鉄)OBでトークショーみたいなのがあったんだけど、昔の話はやっぱりいいもんだよね。小川さんが80(歳)で、あとは、みんな70代だけどさ。懐かしかったよね。もう少し話をしたかったけど、みんなやっぱ年だし、よぼよぼしているからね」
夢で見た喧嘩「叩いたらフローリングだった」
朝まで飲んでデーゲームに挑んだり、酒にまつわる話も事欠かなかった栗橋氏だが、さすがに今はそんなことはない。「65(歳)の時に不整脈から心不全になって入院して、酒をやめてくれということで8年間やめていた。最近になって体がちょっとしんどいので薬代わり程度には飲んでいるけどね。それは医者にも言っているよ。飲んでおかしくなったのだから(飲みすぎないように)気をつけてくれって言われている」と明かす。
ただし、笑いながら、こんなことも話した。「この前ね、喧嘩している夢を見たんだよね。相手が強くてタックルしてきたから、膝蹴りしてさ、一発で倒さないといけないから、ウワーって、叩いたら(家の)フローリングだったんだよね。ねぼけていてさ。青たんになって痛いんだよ」。長い間にわたって培われた“闘争心”の方は、いくつになっても健在ということか。
中学2年から高校3年までヤクルト配達のアルバイトで階段を駆け上がったりして自然と体が鍛えられた。帝京商工(現・帝京大高)でも、駒大でも練習を重ねて、体をスケールアップさせた。近鉄ではさらに磨きがかかり、筋骨隆々の体から和製ヘラクレスとの異名までついた。
「元から体には厚みがあったんだけどね。俺はバットを振ってパワーをつけたと思っているよ。昔は(筋トレの)マシンなんてないしね。バーベルはあったけど、あんなもんはキャンプの時、西本さんが見ている時だけやっていただけだしね」とサラリと話すが、それもまた“伝説の体”といっていい。
グラウンド内での実績も、グラウンド外での“実績”もすべてが栗橋氏ならではのもの。ユニホームを着ていなくても、近鉄魂が根底にあるし、経営する「しゃむすん」での時間も含めて、いつも野球が隣り合わせ。その野球人生はずっと続いている。
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)