憧れの日本も…突如消えた“客” 知識ゼロから飛び込んだ球界、台湾からつなぐ夢

CPBLの国際部を担う黄千晏さん
日本人選手やNPBでプレー経験がある選手も多く所属する台湾プロ野球(CPBL)の国際部で、日本との窓口を務める黄千晏さん。言語も文化も異なる2つの野球界をつなぐ重要な役割を担う。野球の仕事の経験はゼロだったが、今では「グラウンドに立つ時間が何より楽しい」と笑う。その原点には、幼い頃から親しんできた日本文化があった。
日本語との出会いはアニメだった。両親が「ワンピース」の大ファンで、毎週家族そろって見るのが習慣になっていた。気が付けば日本語や日本のカルチャーが生活に溶け込んでいた。高校で日本語を学び始めると、その世界に一気に引き込まれた。
「日本の文化は台湾の人にとってすごく身近で親しみがあります。勉強を始めてからは、言葉も文化ももっと好きになりました」
高校卒業時には日本語能力試験の最難関レベルに合格。大学では日本語学科に進み、言語だけでなくホスピタリティも学んだ。日本の大学への留学を経て、卒業後は大阪のホテルに就職。ベルスタッフとして4年間勤務したが、コロナ禍が観光業を直撃した。
「お客様が誰も来ない日もあって、別のことにも挑戦したい気持ちが大きくなりました。私は思い立ったらすぐ動くタイプなので、次の仕事が決まっていないまま台湾に戻りました」
台湾で日本と関われる仕事を探していた時、目に留まったのがCPBL国際部の求人だった。

「野球のルールも分かりませんでした」…球団通訳に応募も面接に進めず
「正直、野球のルールもほとんど分かりませんでしたし、球場に行ったことも数えるほどでした。球団通訳にも応募したのですが、面接に進めませんでした。そんな中、CPBLにご縁をいただきました」
現在は国際部の一員として、NPBとの連絡業務、アジアウインターリーグの調整などを担当。言語だけでなく、双方の文化を理解したうえでのコミュニケーションが求められる。
「日本にはメールの書き方や丁寧な表現など独自のマナーがありますよね。一方で台湾にも台湾のスタイルがあるので、双方が気持ちよくやり取りできるよう工夫しています」
会議などで通訳を務める中で、最も苦労したのは野球の歴史だったという。
「昔、日本で活躍していた台湾人選手の話になると全くついていけませんでした。別の選手と勘違いして通訳してしまったこともあります。知識を身につけるのに、時間がかかりました」
今は試合展開を理解できるようになり、仕事の楽しさが一気に増した。日本語を学んだ時と同じで「好き」が原動力になるタイプだ。目標は、世界の舞台で台湾代表を支えること。2024年のプレミア12でその夢は現実となり、台湾は優勝を果たした。
「代表チームに帯同して、国際大会特有の緊張感を間近で味わいました。本当に夢のような時間でした。あの舞台にチームの一員として立てたことを誇りに思います」
そして視線は未来に向く。
「球団同士の交流は進んでいますが、CPBLとNPBが架け橋となって、もっと深いレベルで台湾と日本をつなげる存在になりたい。台湾代表チームと侍ジャパンが交流する日が訪れることを心から願っています」
日本への憧れを胸に飛び込んだ未知の世界で、気づけば日台を結ぶ最前線に立っていた。野球を知らなかった黄さんは、今や日本と台湾をつなぐ大切な架け橋となっている。
(篠崎有理枝 / Yurie Shinozaki)