ドラフト85番目から年俸1億円のなぜ…原点は広辞苑 競争社会で生死を分ける「疑問の数」

Full-Countのインタビューに応じた巨人・高梨雄平【写真:荒川祐史】
Full-Countのインタビューに応じた巨人・高梨雄平【写真:荒川祐史】

「逆算力――“才能”に挑んだ高梨雄平の生存戦略」第3回

 努力は報われる――。競争社会、とりわけプロ野球界で、その言葉は必ずしも真実ではない。ドラフト9位でプロの世界に飛び込んだ巨人・高梨雄平はなぜ、ユニホームを10年間、着続けられたのか。Full-Countのインタビューシリーズ「逆算力――“才能”に挑んだ高梨雄平の生存戦略」。第3回は高梨が考える「才能の世界の生存方程式」。そして、その逆算思考を形作った意外な原体験に迫る。(取材・文=神原英彰)

 プロ野球選手の大半は、才能とポテンシャルでプロに入ってくる。そのまま一流になれるのは、ほんのひと握り。残りの多くはどこかで必ず壁にぶつかり、淘汰される。その分岐点で「思考」にシフトできた選手が生き残る。

 高梨はそんな世界でプロ10年目を迎えた。

 2016年のドラフト会議で指名された選手のうち、今も現役を続ける選手の方が少ない。プロになること自体が狭き門で、10年生き抜くことはさらに難しい。では、プロで「生き残る選手」と「消えていく選手」の差はどこか。

「『将来への期待値』と『提供できる実力』と『頑丈さ』の掛け算かなと。この3つの中で、変数になるのは『頑丈さ』です」

 その真意をこう語る。

「期待値が高く、将来凄くなりそうな選手なら、今の実力が足りなくてもある程度は我慢してもらえる。その“ある程度”を決めるのが、体の頑丈さ。壊れやすいと期限は短くなる。逆に頑丈であれば、わりと無限にチャンスが来る。金額もまだ安いし、将来に投資しやすいので」

「頑丈さ」はいわば、球団の投資可能期間だ。そして、将来性への期待値が高くなくても、すぐに実力を提供できる選手もいる。

「そういう選手はチームのスポット(穴)を埋めやすい。壊れやすいとすぐにクビになるけど、頑丈であればチームの足りない部分はいくらでも出てくるし、(移籍して)他のチームでも埋められる。その方程式で、自分がどこに当てはまるのが見つけられているかが大事になる」

 さらに視点をもう一段引き上げる。

「方程式を理解した上で、自分の『期待値』と『実力』を球団がどこに置いているかの見積もりも必要です。『いや、そんなにすぐ実績を求めてないよ』というパターンも、逆に『実績を求めているのに、いつまで未完の大器でいるの?』というパターンもあるので」

逆算思考の原点は「答えを教えない」家庭だった

 今回のインタビューで語られた思考は、すべてここにつながっている。

 24歳、ドラフト9位。その年の支配下指名87人中85番目。当時の高梨に「期待値」の猶予はなく、「実力」を即提供するしかなかった。結果が出なければ、2年で戦力外。球団の“穴”を洗い出し、中継ぎ4、5番手で食い込む。すべてを逆算し、春季キャンプのブルペン、シート打撃、紅白戦、オープン戦……それぞれの“1発目”のアピールに懸けた。

「みんなが“自分の発表会”をやっている間、僕は『こういうの、欲しいですよね』と(評価者の)かゆいところに手を伸ばしていた」。こうして開幕1軍を掴み、1億円プレーヤーへの道が切り開かれた。

 しかし、スポーツに限らず、組織で生きる人は「自分」を主語にして物事を考える。「評価者」に置き換えられる人は多くない。この思考をいかにして身につけたのか。聞くと、意外な原体験が……。

「小さい頃、親が答えを教えてくれなかったんですよ」

 疑問を投げかけても、いつも「自分で調べなさい」と返ってくる。分からない言葉を聞くと広辞苑を渡され、自分でページをめくって解決する。思考の習慣が自然と定着していった。

「『なぜ?』を問いかけ、疑問が浮かんだら自分で調べる。そのサイクルを小さい時から回していたことが大きかった。それは大人になっても変わらない。ビジネスでも『なぜ?』を深掘りしろとよく言うけど、そもそも同じものを見た時に『なぜこうなっているんだ?』と疑問を持つ数が多い人と少ない人がいる。後者が問題だと思います」

 疑問の差がそのまま伸びる、伸びないの差につながる。「例えば、ですけど……」。筆者の服装を見ながら言う。

「『今日はなんでジャケットなのか』『色はグレーなのはなぜ』『グレーが好みなのかな』『よくセーターを着ているな』『肌触りはどうだろう、ウール何%かな』……本当になんでもいい。疑問をたくさん持って思考を並列に走らせまくり、分岐させる。癖ですね、思考実験みたいな」

巨人・高梨雄平【写真:小林靖】
巨人・高梨雄平【写真:小林靖】

「仕事には納期がある」真のプロフェッショナルとは何か

 この思考を後天的に獲得する方法はあるのか。「本当の意味で困ったり、苦しさを味わったりしないと、人はなかなか変わらない」。高梨が見てきたのは2通りの人間だった。

「本当に苦しんで『何かを変えなきゃ』と自分でアクセルを踏んだ人か、周囲が『伸ばす価値がある』と判断して考え方のプロセスをインストールしてもらった人。だから、自分に才能がないと思ったら、自分で自分を引き上げないといけない」

 もし、どちらかに当てはまらなくても、今はそれに気付けるだけで十分という。

 組織で生きていく以上、他人との比較は避けられない。しかし、高梨は「確かに他人と比べることはストレスになる。でもそこから逃げたら成長がないと思っている」と断じる。

「一度は心身を限界まで追い込み、自分を知る必要があると思いますよ。仕事と休みのバランスは大事。でも、その本当の意味でバランスを取るには(ロールプレイングゲームのような)HPもMPも一度、マイナスになるくらいまで行かないと」

 そして、話は「プロフェッショナルとは何か」という本質に行き着いた。

「野球をしたいだけなら、別にプロ野球じゃなくていい。草野球で、壁当てでもいい。それも、立派な野球だから」

 こんな話を若い選手にするという。

「でも、プロ野球は仕事。仕事には『納期』がある。納期を守れずにクオリティを語るなら、それは仕事ではなく趣味。『じゃあ、俺らがやっているのは何?』って。趣味なら、ここでやらなくていい。だから、僕らは求められる期待に応え、結果にこだわる必要があるんです」

 才能だけで未来は決まらない。日常の些細な「なぜ?」を放置せず、問い続ける。その果てしない思考の積み重ねが、競争社会で生死を分ける差を生み出していく。

 高梨の場合、それが才能の世界で10年生き抜く杖になった。

(神原英彰 / Hideaki Kanbara)

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