浦学、徳栄を避け…近所の“準強豪”へ 15歳で設計した7年スパン、分母を考え「東京六大学に」

Full-Countのインタビューに応じた巨人・高梨雄平【写真:荒川祐史】
Full-Countのインタビューに応じた巨人・高梨雄平【写真:荒川祐史】

「逆算力――“才能”に挑んだ高梨雄平の生存戦略」第4回

 どうすれば、プロ野球選手になれるのか。巨人・高梨雄平は、その問いを中学3年で言語化していた。県内の浦和学院、花咲徳栄といった強豪校ではなく、あえて近所の“準強豪校”へ。そこには高校・大学7年間でチャンスを最大化する、極めて合理的な逆算があった。Full-Countのインタビューシリーズ「逆算力――“才能”に挑んだ高梨雄平の生存戦略」。第4回は、進路選択に表れた逆算思考の原点を追う。(取材・文=神原英彰)

 ◇ ◇ ◇

 高梨の逆算思考は、思春期の入口で目覚めを迎えていた。象徴的なことが「進路選択」だ。

 中学時代、漠然と「プロ野球選手になりたい」とは思っていた。川越シニアでは3番手投手。怪我人が出て、最後は押し出されるようにエースになったが、評価は「県内でそこそこの投手」(高梨)。さて、進路をどうするか。

 まず、考えたのは「分母」を増やすこと。

「プロ野球選手になろうと考えた時、チャンスの回数が多いことが大事になる。じゃあ、どうやってその回数を生むか。まずは1年生から試合に出られる環境が必要と思いました」

 県内では浦和学院と花咲徳栄が2強に君臨する。地元の球児なら誰もが憧れる名前。だが、強豪校ほど下級生の出場機会は限られ、声出しや球拾いで1年が終わることも珍しくない。高梨は感情ではなく、確率で考えた。

 さらに時間軸を延ばした。

「チャンスの回数を高校3年間という尺度ではなく、大学まで含めた7年間のスパンで判断しよう」

 高卒と大卒、2度のチャンスを前提に進路を組み立てる。今でこそ地方大学も実力があればプロの道は珍しくない。ただ、高梨が中3だった2007年当時は事情が違う。「いかにプロに見てもらうかが大事。それなら東京六大学だろう、と」

 そして、ひとつの結論に辿り着く。

「学業の成績も考慮し、高校からプロに行けなかったら東京六大学に行く。そう仮定した時、県内で一番良いと思ったのが川越東高校でした」

リスクヘッジに勉学の道「野球ができなくなることを考えて」

 川越東は、浦和学院や花咲徳栄といったトップ層ではなく、その下に位置する“準強豪”の1校。8強から16強の常連で、甲子園出場はない。一方で偏差値は70近く、難関大学に毎年合格者を輩出している私立進学校でもある。

 当時、野球部のグラウンドは完成したばかり。広い室内練習場があり、監督は元プロの阿井英二郎氏。自宅からも近い。レベル的にも「弱すぎず、自分が試合に出て、かつ勝ちも目指せる」。条件は十分。「ここだ」と直感した。

 欠かせなかったのが、リスクヘッジとしての勉学の道だ。

「野球が本当にできなくなることも考えました。怪我をするパターンもある。その場合、頭の良い学校に行っておいた方が、野球という要素を抜いた時に取れる選択肢は広がる」

 感覚や評判ではなく、「野球のレベル」「設備」「出場機会」「学業」「野球以外の選択肢」……それらを7年スパンの設計図に落とし込み、進路を決めた。

 ただ、学業には誤算もあった。野球での進学が難しかった場合、学力で東京六大学に進学する――そんな想定もしたが、早々に断念することに。「これでも中学3年までは神童と思っていたんですよ!」と、おどけたように笑う。

「勉強しなくてもテストで点が取れて、運動もできた。でも、高校で本当に頭の良い人たちの集団に入った時に『あ、俺は天才ではないな』と。途端に授業について行けなくなり、ちゃんと卒業することに切り替えました」

 クラス内の処世術も高梨らしい。古典ならこの人、数学ならこの人……といった具合に、科目ごとに強い友人を複数作る。「彼らにテスト前に勉強を教えてもらう戦略を立てました」。野球に集中できる環境を工夫して生み出した。

巨人・高梨雄平【写真:中戸川知世】
巨人・高梨雄平【写真:中戸川知世】

進路選択の絶対条件「自分で考えて決めること」

 狙い通り、1年生から登板機会を掴み、3年夏はエースとして埼玉大会4強進出。準決勝で花咲徳栄に延長戦の末に敗れたものの、県内屈指のサウスポーとして評価を高め、スポーツ推薦で東京六大学の名門・早大に進学した。

 同級生には有原航平(現日本ハム)、中村奨吾(現ロッテ)という後のドラフト1位選手が揃うハイレベルな環境。3年春にはリーグ史上3人目の完全試合を達成した。

 以降、肩の怪我やイップスに苦しみ、大卒のプロ入りは逃したものの、社会人野球のJX-ENEOS(現ENEOS)を経て、2016年ドラフト9位で楽天入団。「逆算」の思考力を武器に、そこから這い上がったストーリーは、ここまで記してきた通り。

 進路選択はいつの時代も球児、その保護者を悩ませるテーマだ。軸とすべきことは何か。高梨に聞くと「自分で決めた方がいい」と即答した。

「『誰かに言われたから』という言い訳になる原因をすべてぶった切って、自分で決めること。ビジネスの世界でも企業が広告を打ち、新商品のリサーチをかけ、あらゆる手を尽くしても売れるかどうか、将来は誰にも分からない。

 唯一コントロールできるのは自分が決めること。そうしないと、『俺は決めてないし』『あの人がこう言っていたし』という退路が残ってしまう。調べて、考えて、もう一回調べて……最後は考えて自分で決めるということです」

 人生の選択に、正解はない。ただし、選び方が未来の幅を確実に変える。

 強豪校を避ける。一見、逆張りのような道も、高梨にとっては7年間という時間軸から逆算した必然の選択だった。

(神原英彰 / Hideaki Kanbara)

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