野球を進化させる“バイオメカニスト” MLBで活躍の日本人が提言する「捨てる勇気」

ナショナルズのバイオメカニスト・小笠原孝斗氏が「データ分析競技会」に参加
テクノロジーの進化が加速する中、過去の自分を捨てる勇気も必要になる。「第5回野球データ分析競技会」のシンポジウムが15日に都内で行われ、MLBのナショナルズでバイオメカニストを務める小笠原孝斗氏がパネリストとして参加。自身の経歴を説明するとともに、バイオメカニストやアナリストの在り方についても言及した。
野球現場で指導・育成・分析に携わる指導者や、将来アナリストやデータ分析の人材を目指す学生を主な対象に、野球のデータ分析を軸としたキャリア形成の実例を共有することを目的に開催。元ロッテ投手でDeNA1軍データアナリストの島孝明氏、ロッテの打撃コーディネーターである矢沢大智氏らとともに、現場で何が求められているかなどを説明した。
小笠原氏は中京大を卒業後、米国のネブラスカ州立大オマハ校で修士号を取得。昨年6月からナショナルズでバイオメカニストを務めている。米国在住のため、シンポジウムにはリモートでの参加となった。
「バイオメカニストは動作分析がメインの職業です。MLBではフィールドで働くスタッフ、コーチやトレーナーは“プレーヤー・デベロップメント”という部門になります。元々バイオメカニストは選手と日々接するプレーヤー・デベロップメントだったのですが、今年からそれ以外の“リサーチ&デベロップメント”という部門に異動になりました」
バイオメカニストはデータをとる側面もある一方、そのデータを使って選手をどのように成長させるかを含めた将来性を評価する側面も担っているという。主な役割として1:データ収集をデザインし、実際に収集する、2:日々のリポート作成、3:コーチやスタッフが理解しやすいようにダッシュボードやアプリの開発、4:ダッシュボードやアプリを利用して現場で指導しているコーチやスタッフにデータの意味を解説する――の4点を挙げた。
例えば投手を見る場合、上半身と下半身の筋力をどの程度使えているかも分析する。下半身の筋力の50%しか使えていない場合は、どのような動きをすれば効率良く筋力を使い、球速を向上させられるかをリポート。アプリなどを利用しながらコーチやスタッフに説明して、選手に伝えてもらう形だ。他選手との比較や、同一選手の年度別比較なども行う。
コーチやスタッフと良好な関係を築くために「一番意識するのは、相手が何を求めているかに耳を傾けること」という。「そこを理解した上で、多くを伝え過ぎずに知りたい部分を見つけてあげて伝えることです」と説明した。
「自分がやってきたことを思い切って捨てる勇気が大事」
MLBではバイオメカニストが選手とコミュニケーションをとることは少ないという。「直接的に会話することは避けています。うまく考えが伝わらず誤解される可能性がある」。数値ばかり意識すると、パフォーマンスに反映されにくい。分析した数値をコーチに説明し、理解してもらい、どのような練習や対策を行えば状況が改善するかをコーチに考えてもらってから伝えてもらうのである。
役割が細分化されているMLBでは、担当に一任する傾向が強い。「選手に『理解してください』とデータを渡すのではなく、コーチに必要な部分を伝えています。選手に直接データを渡すことがないので、質問されることもないんです」。現在はバイオメカニストやアナリストとコーチの間に入って説明する「パフォーマンスアナリスト」というポジションも確立されつつある球団があると明かした。
それは、分析する動作やデータが膨大にあり、パフォーマンス向上に重要であることの裏返しだ。フライボール革命など、データの分析により野球のスタイルは日々変わっている。技術の進歩は止まることがないだけに「データ分析は急激に進化している。職業に求められている最低条件もさまざまな変化が起きています。正直、僕も不安に思っている。10年後、20年後はどうなっているか分からない」と吐露した。
一方で「バイオメカニクスはもっと使われるべき」と力を込める。「バイオメカニストじゃなくても、トレーナーやコーチが活用できるツールになっていったらうれしい。テクノロジーで言うと、角度や角速度といった部分しか分からないので、球場で試合中のデータも力学のところが見られるようになったら面白い」と続けた。
近年は選手としてプレーを続ける選択肢に加え、早くからアナリストに転身する学生も増えている。今後のデータ分析については「アップデートしていくのはもちろん大事。一方で自分がやってきたことを思い切って捨てる、または方向転換する勇気が大事だと思っています」と提言した。
「新しいテクノロジーが出てきた時に『僕自身はこういうことを積み上げてきたから、これを生かしたい』と思いすぎてしまうと、どんどん遅れてしまうリスクが生じる。新しいテクノロジーをいかに楽しんで『これをやったら面白そう』『ちょっと使ってみよう』という感じで、過去にとらわれ過ぎずに、新しいものに食らいついていくところがあれば、どの状況でもついていけると思います」
最先端のテクノロジーを駆使するバイオメカニストやアナリストは変化を恐れない。野球の進化は、これからも止まらない。
(尾辻剛 / Go Otsuji)
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