最後と覚悟したプロ初先発 球場に両親招待…まさかの結末、元ドラ3が知った“立ち位置”

西武など3球団で活躍した杉本正氏【写真:山口真司】
西武など3球団で活躍した杉本正氏【写真:山口真司】

元西武左腕の杉本氏が明かすプロ初登板の裏側

 鮮烈なデビュー戦だった。西武にドラフト3位で入団した杉本正氏(野球評論家)は、プロ1年目の1981年4月7日の日本ハム戦(後楽園)に初登板。初先発のマウンドで完封し初勝利を挙げた。開幕して4戦目のことで「最初は僕が投げる予定ではなかったんですけどね」と代役での出番だったという。そこで見事なピッチングを披露したわけだが、試合中はスポーツニュースで取り上げられることをイメージしながら投げていたそうだ。

 杉本氏は西武に即戦力左腕として入団。「自信なんか何もなかったですよ」と笑うが、周囲の期待に応えたい気持ちは当然あった。「(プロ入り当初)最初に連絡したのは(日本ハム左腕の)木田(勇)さんなんです。当時は携帯電話はないので、自主トレで木田さんが泊っている宿を調べて電話して『西武に行くことになってので、またアドバイスがあったらお願いします』みたいな話をしました」。

 木田氏は日本鋼管から1979年ドラフト1位で日本ハム入り。1年目の1980年に22勝を挙げ、最多勝、最優秀防御率、最高勝率、最多奪三振、新人王、MVPを受賞するなど大活躍した。杉本氏は1979年のインターコンチネンタルカップ日本代表メンバーでチームメートになるなど、社会人時代の木田投手と面識があった。同じ社会人出身の左腕として「もしかしたら、みたいなのはどこかあったかもしれないです」とあやかりたい気持ちがあったようだ。

 西武ではエースの東尾修氏にかわいがられ、多くを学び、必死に練習に取り組み、1年目のキャンプを乗り切った。「高知市内に田淵(幸一)さんの行きつけの寿司屋があって、1年目はキャンプ休みの前日に、そこにも呼んでいただいた。寿司を食べるんじゃなくてカレーを食べるんですけどね。で、みんなで麻雀したりして遊ぶという。そんなこともあったので(チームに)慣れるのが早かったというのもありました」。

 実戦でも結果を出した。「2月末に日本ハムとのオープン戦が(高知)春野球場であって先発させてもらった。それが最初の対外試合の登板だったんですが、5回1失点に抑えました。その時は相手が誰なのかも分からずに投げていたんですけどね。そんな形でオープン戦に入り、最後はヤクルト戦でリリーフとして3イニングを投げて抑えて、何とか1軍に残ったんです」。そしてシーズンが開幕し、4戦目で早くも先発として出番がきた。

1年目のオフに知った“事実”「駄目だったら、すぐ2軍だったんだよ」

 その年の西武は開幕を東尾氏、2戦目を松沼雅之氏、3戦目は森繁和氏が先発を務めた。「最初(4戦目)は松沼のお兄さん(松沼博久投手)が投げる予定だったんじゃないかと思います。ただ何かあって僕になった。だから代役だったんですよ。先発は2戦目が終わったくらいに、八木沢(荘六)投手コーチに言われたんだったかな。その時は、これが最初で最後(の先発)だろうって思ったんで、両親を球場に呼んだんです」と思わぬ形でつかんだチャンスでもあった。

「日本ハムにはオープン戦でそれなりのピッチングをしたな、って八木沢さんも思ったんじゃないですかね。幸いにも(舞台が)都市対抗で投げた後楽園球場だったし、捕手も(社会人時代にバッテリーを組んだ経験があった)大石(友好)さん。すべてが当てはまる条件だったのかな、って思うところはありますけどね」。試合は2-0。プロ初登板の杉本氏は、抜群の投球で4安打完封勝利をマークした。

「緊張はしていたと思うけど、なんかうまくいったんでしょうね。まぁ、この時もまだ相手をよく知らなかったので、それが一番でしょう。(4番打者の)クルーズと(5番打者の)ソレイタの外国人だけは怖いなと思っていましたけどね」。クルーズには1安打を許したが、ソレイタからは2三振を奪った。そんな試合中に杉本氏が思い浮かべていたのが、スポーツニュースだったという。

「当時、佐々木信也さん(元高橋・大映・大毎内野手)がやっていた(フジテレビの)プロ野球ニュース。僕はそれを勝手にイメージして、(番組の中で)“このシーンはこうでした”、みたいなのがあるんだろうなと思いながら、投げていたんですよ。結構、いい加減だったんです。終わった時も“あれ、完封してるじゃん、なんで?”みたいな感じでしたから」と杉本氏は笑いながら振り返ったが、そんなゆとりある“思考”も、初登板の投球にプラスとなったのかもしれない。

 プロ1年目の杉本氏は7勝8敗2セーブ、防御率3.48の成績を残したが、始まりは代役先発での“デビュー戦完封劇”だった。「1年目が終わった後の投手会の集まりの時に、(1軍投手コーチの)八木沢さんから『杉本! あの最初の試合で駄目だったら、すぐ2軍だったんだよ』って言われたんです。もし、それで2軍にいっていたら、僕の野球人生って相当変わっていたんじゃないかと思いますね。長いことできたのも、あの1勝があったからですよ」。初マウンドは、いつまでも忘れられない思い出だ。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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