宮崎の中学軟式クラブを悩ます“地元事情” 創設2年で強豪・星稜を撃破できたワケ

2024年創部の「MIYAZAKI TAKAKURO」が全国大会初出場…4強進出の快進撃
中学軟式野球の全国大会「文部科学大臣杯 第17回全日本少年春季軟式野球大会ENEOSトーナメント」が3月末に行われ、初出場のMIYAZAKI TAKAKURO(宮崎)は前回王者の星稜中(石川)を破るなどの快進撃を見せ、クラブチームで唯一ベスト4に進出した。創設から僅か2年のチームが、短期間で急成長した理由はどこにあったのか。
MIYAZAKI TAKAKUROは2024年に活動を開始。学童軟式の「宮崎鷹黒スポーツ少年団」出身選手を中心としている。チームの代表を務める御手洗秀幸さんが立ち上げの背景を語る。「大体の子は夏で学童を引退して、硬式チームに進むんですが、(引退から)半年で硬式は早すぎると思ったんです」。宮崎鷹黒は“小学生の甲子園”と呼ばれるマクドナルド・トーナメントに2022年に初出場。翌年も出場するなど、宮崎県でも有数の強豪になりつつあった。
そこで、コーチの一人で同級生だった甲斐豪さんに、チームを継続して選手を預けたい思いを何度もぶつけた。その思いが実り、甲斐さんが監督を引き受けチームが設立。御手洗さんの息子・幸将を中心とした当時の主力のほとんどが、MIYAZAKI TAKAKUROに入団した。
新生チームが最も頭を悩ませるのは、“活動場所”だ。クラブチームのため、常時使用できるグラウンドは持っていない。「2か月前から抽選で申し込んで、落ちたら宮崎公立大のグラウンドを申し込んで、それでもダメだったら練習試合を組んで遠征しています。そうすればグラウンドは確保できるので。宮崎ってプロや大学のキャンプが来ると、そちらの方が優先なので。2月、3月になると、なかなか取れず苦労しています」と御手洗さんの妻・奈美さんは話す。
別の“苦難”もあった。創部当初は1年生だけで、3年生と対戦した。「初めての大会は初戦でコールド負けでしたね」と奈美さんは振り返る。一方で、恩恵もあった。「(他チームの)3年生が引退した1年生の秋ぐらいには勝てるようになりました。実戦経験を積めたのが大きかったのかもしれないですね」と甲斐監督。豊富な実戦量が成長を後押しし、全国大会までたどり着いた。

“昨年王者”・星稜中を延長で撃破…体現した「One for all,All for one」
初の全国舞台でも進撃は続いた。昨年大会の覇者・星稜中と対戦した準々決勝では延長タイブレークの8回に2点を許すも、その裏に劇的な逆転サヨナラ勝ち。4番・甲斐光が犠打で送り、8番の古澤利空が試合を決める安打を放つなど、チームで掲げる「One for all,All for one」を体現するような勝利だった。
準決勝で桐生大附属中(群馬)に0-6で完敗したが、伸び盛りのチームはさらに貴重な経験を積んだ。甲斐監督は「何か特別なことをしているつもりはありません。全体的にバランスよく、特に今まで控えだった子たちが伸びてきているので、レギュラー陣もうかうかできないと思います」と語った。選手たちの成長に目を細めながら、すでに次の戦いを見据えているようだった。
(磯田健太郎/Kentaro Isoda)
球速を上げたい、打球を遠くに飛ばしたい……。「Full-Count」のきょうだいサイト「First-Pitch」では、野球少年・少女や指導者・保護者の皆さんが知りたい指導方法や、育成現場の“今”を伝えています。野球の楽しさを覚える入り口として、疑問解決への糸口として、役立つ情報を日々発信します。
■「First-Pitch」のURLはこちら
https://first-pitch.jp/