「幻の黄金世代」で終わらせない 初戦で底力を発揮…東海大相模が挑む“下克上”
和泉淳一部長が感じた底力「劣勢でも明るかった」
7月7日に開幕した第105回全国高校野球選手権神奈川大会。4年ぶりの夏の甲子園出場を狙う第1シードの東海大相模は10日の2回戦で序盤の4点ビハインドをひっくり返し、7-5で湘南学院に逆転勝ちを収めた。13日の3回戦も25-0(5回コールド)で元石川に勝利。4回戦にコマを進めた。
劇的な逆転勝利を収めた2回戦。試合終了直後、東海大相模ベンチからは「よっしゃ!」という雄叫びとともに、本音も聞こえてきた。
「あぶねぇ~!」
キャプテンの及川将吾は、私の顔を見るなり「夏の初戦は苦しいですね……」と安堵の表情を浮かべた。
序盤は完全な劣勢だった。先発のエース子安秀弥が、2回に自らの野選などで無死満塁のピンチを招くと、犠飛や適時三塁打で一挙に4点を失った。
打線は、湘南学院の先発右腕・藤枝幸祐を攻めあぐねた。初回に1死一、三塁、2回に1死二、三塁のチャンスを逃すと、緩急自在のピッチングにフライの山を築き、5回までゼロ行進。強豪校が陥りやすい、“はまった”展開になりかけていた。
それでも、ベンチは沈んでいなかった。長らく東海大甲府の部長を務め、2022年に東海大相模の部長に就任したOBの和泉淳一教諭がベンチの様子を証言する。「選手は劣勢でもずっと明るかったんですよね。相模の子どもたちの底力というか、強さを見せてもらいました」。
4点追う6回無死一塁でバント…好機拡大させての2ランで雰囲気一変
6回、子安が1死二塁のピンチを連続三振で切り抜けると、ファーストの松本ジョセフはガッツポーズを繰り返し、一塁ベンチに勢いよく戻ってきた。
「春に負けた試合では自分のエラーで、雰囲気が悪い方向に行ってしまった。そこから、守備練習を増やして、『守備からバッティングにつなげる』を意識するようになりました。今日はリードされていたのもあって、自分が盛り上げて、何とか引っ張っていきたいという気持ちで守っていました」
言葉通り、その裏から東海大相模の反撃が始まった。先頭の2番・持丸春聡が四球で出塁すると、ネクストバッターズサークルにいた3番・及川は小さく拳を握り、打席に向かった。
4点ビハインド。セオリーであれば、強攻でチャンスを拡大したい場面だが、及川は三塁前に絶妙なセーフティバントを決め(犠打)、1死二塁と得点圏を作り出した。2死となったあと、178センチ、100キロの主砲・松本がバックスクリーンに2ランを放ち、球場の雰囲気を一気に変えた。
7回には連打で無死一、二塁とし、背番号13の代打・吉本陽斗が1球で犠打を決め、ドラフト候補にも挙がる山内教輔が同点三塁打。さらに、持丸が1ボールからスクイズを決めて逆転。8回に追いつかれはしたが、その裏に木村海達の適時二塁打などで2点を勝ち越し、接戦を制した。
“つなぎ”を重視した原俊介監督「何とかまず1点」
気になったのは、6回の及川のセーフティバントだ。自己判断か、あるいはサインか。試合後、原俊介監督がその意図を明かした。
「セーフティのサインです。あの展開ではビックイニングは難しい。何とかまずは1点。打つだけなく、セーフティでピッチャーを揺さぶる。春に敗れてから、点数が入りやすいシチュエーションをどうやって作るかをテーマにやってきました。この苦しい展開の中で、生徒たちが頑張ってくれて、生徒たちに助けてもらいました」
2021年夏に監督に就いたあと、ずっと言い続けてきたのが「つなぎ」の大切さだ。守備では声をつなぎ、打つほうではひとりひとりが役割を果たし、打線をつなぐ。今春はあえて細かい作戦は封印し、「打つことで打線をつなぐ」をテーマに戦ったが、相洋・中島翔人、横浜隼人・石橋飛和が操る左腕からの緩い変化球に対応できず、連敗を喫した。
敗戦後、打球方向と打球の低さをテーマに打ち込み、この夏へ。この日もフライが多く、すべてがうまく回ったわけではなかったが、バントを巧みに使い、劣勢を打開した。
大会前には、キャプテンの及川が印象的な言葉を語っていた。「原監督のサインや指示を信じて、夏を戦いたい。監督を甲子園に連れていきたいです」。ここで負けるわけにはいかなかった。
チームTシャツに込めた選手の想い
激闘を終えた後、各選手はベンチ裏のロッカールームでチームTシャツに着替え始めた。毎年、夏の大会に挑むにあたり、Tシャツを作成するのが東海大相模の伝統であり、背中には3年生が中心になって考えた夏のテーマが刺繍されている。
今年の言葉は『逆襲』だ。
昨秋は準々決勝、今春は準決勝に続いて関東大会第3代表決定戦でも敗れ、横浜スタジアムで悔し涙を流した。負けたままで終わるわけにはいかない。
「自分たちは弱いことがわかっているので、下克上を狙います。決勝で横浜を倒して、甲子園に行って、日本一になります」と及川が熱く語れば、追撃の2ランを放った松本は、「自分たちは『ものすごい力がある』と、周りからおだてられてきたんですけど、負けてばかりで神奈川の人たちに相模の力を見せられなかった。夏は、これまで負けてきたチームに逆襲する気持ちで戦っています」と言葉を強める。
Tシャツには、マネージャーの小笠原馳大が考えたという気持ちのこもった想いも刺繍されている。
「日本一異常な漢達が揃った 幻の黄金世代 もう幻とは言わせない 今見せる史上最大の下克上」
小笠原が、言葉の意味を語る。「能力の高い選手が集まっているけど、勝つことができずに甲子園に行けていない。“幻の黄金世代”で終わらせずに、相模の力を見せて、下克上を果たします!」。
逆襲の夏へ――。つなぎの野球で、頂点まで駆け上がる。
(大利実 / Minoru Ohtoshi)
○著者プロフィール
大利実(おおとし・みのる)1977年生まれ、神奈川県出身。大学卒業後、スポーツライターの事務所を経て、フリーライターに。中学・高校野球を中心にしたアマチュア野球の取材が主。著書に『高校野球継投論』(竹書房)、企画・構成に『コントロールの極意』(吉見一起著/竹書房)、『導く力-自走する集団作り-』(高松商・長尾健司著/竹書房)など。近著に『高校野球激戦区 神奈川から頂点狙う監督たち』(カンゼン)がある。