人と人をつなぎ「気持ちがひとつに」 神奈川大会で監督や選手が校歌斉唱に込めた想い
得点のたびに肩を組んで歌う鎌倉学園
7月7日に開幕した第105回全国高等学校野球選手権記念神奈川大会はベスト8が出揃い、20日からは横浜スタジアムに舞台を移し、甲子園を目指した戦いが繰り広げられる。
春夏連続出場を狙う慶応、大会史上4例目の3連覇に挑む横浜、原俊介監督就任後初の甲子園出場を目指す東海大相模、ノーシードから11年ぶりの頂点に一歩ずつ迫る桐光学園など、地力のある強豪が勝ち残った。
この夏は、2019年以来4年ぶりに試合後の校歌斉唱が行われている。コロナ禍に入ってから、自校で録音した校歌を流すのみで、スタンドの応援席もグラウンドの選手たちも、声に出して歌うことができなかった。試合後には、「〇〇高校の栄誉を称え、同校の校歌を流し、校旗の掲揚を行います」とアナウンスが流れていた。
今年は違う。「同校の校歌を斉唱し――」と従来のスタイルに戻った。「斉唱」とは、「複数の人が同じ旋律を歌うこと」。仲間とともに歌うからこそ、喜びは増す。
7月8日、保土ヶ谷球場の1回戦では、1932年創部の古豪・鎌倉学園の校歌が何度も流れた。得点を取ったあと、スタンドにいる選手や保護者、OBが肩を組み、大きな声で校歌を歌うのが伝統になっているのだ。
「声に出して歌えるのは4年ぶり。初回から涙が出そうになりました。ベンチから応援席は見えませんが、ベンチにいてもスタンドが揺れているのがわかります。スタンドのみなさんが肩を組んで校歌を歌うことは、鎌倉学園にとって非常に尊いことです」
校歌とは「人と人をつなぐもの」
2013年に就任したOBの竹内智一監督の言葉である。「母校愛」に溢れた指揮官で、母校で指導者になるために、一般企業を辞めて、教員の道を志した。
試合は8-4で横浜商大に勝利。試合後は、背中を反らして、目一杯全力で校歌を斉唱した。これも、長く続く鎌倉学園の伝統である。
同点で迎えた7回に決勝のタイムリーを放った北野雄大は感慨深げにつぶやいた。「やっと歌えた、と思いました。すごく幸せなことだと思います」。
竹内監督にとって、校歌とはどんな存在なのか――。
「人と人をつなぐものだと思っています。グラウンドとスタンドだけでなく、スタンドに応援に来てくれたOBが、年齢に関係なく肩を組んで校歌を歌う。それに、鎌倉学園の野球に魅力を感じてくれた方が、全力で校歌を歌う高校生の姿に何かを感じてくれることもあるかもしれません」
OBにとっては、校歌を聴くだけで、あの頃の青春時代が一気に甦ってくるものだろう。「うちの校歌は、1番の歌詞だけであれば32秒で終わります。勝利の校歌も32秒。時間にすれば短いですが、勝利した学校だけに与えられたもので、これほど幸せなときはありません」。
敗退後に…現役部員やOBが肩を組み、涙の校歌斉唱
担当教科は国語。校歌の歌詞に関して、教員になってからわかったことがあるという。
「『星月夜(ほしづきよ) かまくら山の~』というフレーズから始まります。国語を教えるようになってわかったことですが、『星月夜』は鎌倉の枕詞なんです。まさに、鎌倉学園の校歌にふさわしいと思っています」
監督自身、鎌倉生まれの鎌倉育ち。鎌倉には誰よりも強い想いがある。
「野球部のある学校で『鎌倉』と名が付いているのは、県立鎌倉高校と鎌倉学園しかありません。鎌倉を背負って甲子園に出場し、甲子園で校歌を歌うことが一番の目標です。監督に就いてから、その気持ちはずっと変わっていません。それが、日頃応援してくださるOBや地域の方々への最大の恩返しだと思っています。性別や年齢関係なく、校歌によって多くの人の気持ちがひとつになる。高校野球ならではの文化だと思っています」
今夏は3回戦で桐蔭学園に0-4で敗退。試合後、球場の外で現役部員やOBが肩を組んで、涙の校歌斉唱が行われた。毎年の儀式かと思ったが、そうではないという。
「昨年のOBがたくさん応援に来てくれていたんです。昨年は声に出して校歌を歌えず、応援に来てくれた日は完封負けだったので一度も校歌を歌えませんでした。だから、『みんなで歌おう!』となりました」
先輩と後輩の心をつなぎ、夏の戦いは幕を閉じた。
決勝で喜びの校歌を歌えるのは1校
神奈川県内のすべての選手にとって、夏の大会で校歌を歌えるのは初めてのこと。それぞれが、気持ちを込めて歌っている。
1年生ながら全試合スタメンで出場しているのが、横浜のセンター・阿部葉太だ。愛知出身。愛知豊橋ボーイズ時代の先輩・立花祥希(国学院大2年)が横浜で活躍していた縁もあり、名門に進学した。
「横浜の校歌は、伝統があってかっこいい。自分も歌いたいと思っていたので、決勝まで歌えるように頑張りたいです」
阿部が、「『結果は気にせず、思い切りプレーしてこい!』と一番声をかけてくれます」と嬉しそうに話すのが、キャプテンの緒方漣だ。
「勝ったときに校歌を歌うと誇らしく思えます。リズム感が大好きで、ほかの高校にはないかっこよさがあります」(緒方)
2019年以来の夏の甲子園を狙う東海大相模は、昨夏の決勝で横浜にサヨナラ負け。悔し涙を流しながら、横浜の校歌を聴いた。
この夏、4試合で14打数7安打8打点2本塁打と打撃好調なのが、東海大相模の主砲・ジョセフ松本だ。6月以降の自主練習で、ショートでノックを受けるようになってから、ボールとの距離感やタイミングを掴めるようになり、それがバッティングにも生きていると明かす。勝負所で松本が活躍すれば、おのずと勝利の可能性が高まっていく。
「今年は、勝って校歌を歌いたい。入学したときから、練習の最後にチーム全員で校歌を歌ってきました。原先生(原俊介監督)から、『相模を背負っているんだぞ』と言われてきて、みんなで大きな声で歌っています。相模の校歌はかっこいいので、全部好きです!」
決勝は、7月26日。最後に、笑顔で校歌を歌う学校はどこか――。
○著者プロフィール
大利実(おおとし・みのる)1977年生まれ、神奈川県出身。大学卒業後、スポーツライターの事務所を経て、フリーライターに。中学・高校野球を中心にしたアマチュア野球の取材が主。著書に『高校野球継投論』(竹書房)、企画・構成に『コントロールの極意』(吉見一起著/竹書房)、『導く力-自走する集団作り-』(高松商・長尾健司著/竹書房)など。
(大利実 / Minoru Ohtoshi)
○著者プロフィール
大利実(おおとし・みのる)1977年生まれ、神奈川県出身。大学卒業後、スポーツライターの事務所を経て、フリーライターに。中学・高校野球を中心にしたアマチュア野球の取材が主。著書に『高校野球継投論』(竹書房)、企画・構成に『コントロールの極意』(吉見一起著/竹書房)、『導く力-自走する集団作り-』(高松商・長尾健司著/竹書房)など。近著に『高校野球激戦区 神奈川から頂点狙う監督たち』(カンゼン)がある。