無安打地獄で「もう参りそう」 心折れかけた“1打席勝負”…救ったのは「やっぱり葛西」|球界群像 川又米利#13
中日で活躍した川又米利氏【写真:山口真司】川又米利氏が得意とした遠藤一彦氏、北別府学氏
星野仙一氏が中日監督に復帰したのは1996年シーズン。闘将の第2次政権が始まった。元中日で野球評論家の川又米利氏は当時、プロ18年目。この年から代打オンリーで勝負することになった。「ここという時に使ってもらった」。長きバットマン生活では相性のいい投手も、悪い投手もいたが、代打時代では得意な相手投手をよく覚えているという。「向こうが僕のことを意識してくれていたと思う」。打撃不振の時にも助けられた投手が阪神にいた。
相性が良かった投手として川又氏は遠藤一彦氏(元大洋)の名前をまず挙げた。入団1年目の1979年5月12日にプロ初安打をマークした相手でもある。「ライトフェンス直撃の二塁打。あとちょっとでホームランだった。遠藤さんは当時、大洋期待の2年目の投手だったけど、僕はその年のオープン戦でも打っていた。なんか知らんけど、合うんですよ。遠藤さんが先発の時も抑えの時も打ったと思う」。
続けて口にしたのは北別府学氏(元広島)だ。「(広島捕手の)達川(光男)さんにもよく言われましたよ。『川又にはよう打たれたけんね』みたいな感じで。北別府さんは絶妙なコントロール、スライダーにしてもシュートにしてもね。でも何かこう対応できたんですよね。ホント、よくわからないんですけど、打っているイメージ。長いことやっていると、そういうピッチャーって絶対いますよ」。
開幕から無安打が続いた1996年…初安打は好相性の阪神サブマリンから
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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