神奈川王者・桐光学園の「4番・捕手」 “夏の後悔”経て意識する18.44mでの「目の会話」

桐光学園・中村優太【写真:大利実】
桐光学園・中村優太【写真:大利実】

17年ぶりに神奈川を制した桐光学園の大黒柱・中村優太

 10月1日に閉幕した秋季高校野球神奈川大会は、桐光学園が17年ぶり3度目の優勝を果たし、栃木で開催される関東大会出場を決めた。4回戦でタイブレークの熱戦の末に武相を4-3で下すと、準々決勝では夏の全国王者・慶応義塾に4-0で勝利。準決勝では鎌倉学園に7-1で快勝し、決勝の横浜戦では最大6点差をひっくり返し、15-14で打ち勝った。

 攻守の要としてチームを引っ張っていたのが、180センチ83キロの体格が際立つ、4番・捕手の中村優太だ。決勝では3安打3打点。3点ビハインドの9回には満塁から2点適時二塁打を放ち、勝負強さを見せた。

 守りで、ずっと気になっていたことがある。キャッチャーマスクを、なかなか被らないのだ。

 立ち上がって指示を出すときは、マスクをキャッチャーメット(ヘルメット)の上に乗せて、大きな声を出す。そこから座り、サインを送るときも、まだマスクを外したまま。投手に表情や声で意思を伝えたあと、ようやくマスクを被る。座りながら投手に声をかけるときも、必ずマスクを外す。

 見ているほうとしては、「いつか、マスクを着けるのを忘れて、そのまま投球を受けるのではないか」と、ヒヤヒヤするところもあった。とにかく、投手がモーションを起こす直前まで、マスクを被らないのだ。こんな捕手には初めて出会った。

桐光学園・中村優太【写真:大利実】
桐光学園・中村優太【写真:大利実】

投手に表情を見せることが大切

 何かしらの理由が必ずあるはず。決勝後、中村にその意図を聞くと、納得の言葉が返ってきた。

「キャッチャーの表情によって、ピッチャーは変わってくると思っているので、あえてマスクを外して、表情を見せて、声やジェスチャーで伝えるようにしています」

 決勝の9回からは、公式戦の登板経験がほとんどない緒方大起がレフトからマウンドに上がった。中村はいつも以上にマスクを外し、何度も笑顔で声をかけていた。

「緒方には、ベンチでもグラウンドでも、『横浜高校の応援がすごいけど、その音に圧倒されるのではなく、味方にするぐらいのつもりで楽しんで投げてこい』と、笑顔で伝えていました。やっぱり、(捕手が)笑顔でいることで、(投手の)肩の力が抜けると思うので、苦しい表情をしないように心がけています。ピッチャーとの目の会話を大事にしています」

 何も意識しないと、無表情になってしまうそうで、意識的に笑顔を作るようにしているという。

 高校通算20本の長打力と、二塁送球で1.9秒台をコンスタントに叩き出すスローイング、投手を引っ張るゲームメーク力と、攻守の存在感が光るが、自身が目指すのは“勝てる捕手”だ。「勝つことによって、キャッチャーは評価される」と考えている。

 決勝の前には、増田仁コーチからこんな言葉をかけられ、いつも以上に気持ちが入ったという。

「今日勝ったほうが、神奈川ナンバー1キャッチャーだからな」

 横浜の正捕手は、中村と同様に4番を務める椎木卿五。3安打を浴びて、完全に封じ込めることはできなかったが、「狙い通りにフライアウトを取れた打席もあった」と、冷静に分析。試合後の挨拶では、お互いに「ありがとう」と握手を交わした。

秋季高校野球神奈川大会で優勝した桐光学園ナイン【写真:大利実】
秋季高校野球神奈川大会で優勝した桐光学園ナイン【写真:大利実】

投手がボールを投げるまでに想いを伝える

 中村の立ち居振る舞いを見ていると、何年も捕手をやっているように感じるが、実はこの春先にショートからコンバートされたばかり。野呂雅之監督や天野喜英部長から、周りへの声かけや地肩の強さが評価されて、捕手に移った。まったくの未経験ではなく、小学生のときにはマスクを被った経験を持つ。

 正捕手として初めて臨んだ今夏は、準々決勝で東海大相模に1-4で敗戦。中村は、「余裕がなかったと言えばそれまでなんですけど、自分の表情でピッチャーをコントロールできませんでした」と振り返る。

 今は夏に比べると、堂々と、それでいて周りに声をかけながら、広い視野を持ってプレーをしている。

「キャッチャーは、自分が出すサインによって、すべての打球を決められる側にいます。ここに投げたら、ここに打ってくれるというイメージを描いていて、そのとおりの打球で打ち取れたときが一番楽しいです」だからこそ、自分の狙いや意図を、投げる直前までピッチャーに伝える。

 捕手出身でもある天野部長が、興味深い話を教えてくれた。

「キャッチャーは、ピッチャーがボールを離したらどうにもならないポジションです。ボールを離すまでに、できるだけのことを伝えておきたい。投げてしまったらもう取り戻せないですから。中村はそれがわかっているので、最後まで伝えているんだと思います。夏のオープン戦では、本当に投げる直前までマスクを被らないことがあって、『お前、マスク!』と言ったこともあります」。中村の特徴を見事に表したエピソードと言えるだろう。

 神奈川1位で臨む秋季関東大会。狙うは、2001年以来の選抜だ。

「秋の一番大きな目標は、神宮大会出場。関東大会で優勝できるように、またここから練習していきます」

 攻守の要が躍動すれば、自ずと選抜出場が近付いてくるはずだ。

(大利実 / Minoru Ohtoshi)

○著者プロフィール
大利実(おおとし・みのる)1977年生まれ、神奈川県出身。大学卒業後、スポーツライターの事務所を経て、フリーライターに。中学・高校野球を中心にしたアマチュア野球の取材が主。著書に『高校野球継投論』(竹書房)、企画・構成に『コントロールの極意』(吉見一起著/竹書房)、『導く力-自走する集団作り-』(高松商・長尾健司著/竹書房)など。近著に『高校野球激戦区 神奈川から頂点狙う監督たち』(カンゼン)がある。

RECOMMEND

KEYWORD

CATEGORY