初戦敗退“常連”が一転…大躍進の公立校 元プロが施す意識改革「そんな甘くないけん」
元広島・山本翔氏は2017年夏に島根県へ移住…矢上で指揮を執る
中国山脈の山あいに位置する島根県の公立校、県立矢上高校野球部が、“復活”を遂げている。1997年夏には和田毅投手(現ソフトバンク)を擁する浜田と甲子園の切符をかけて県大会決勝を争ったこともあったが、2000年代に入ってからは県初戦敗退が続いた時期も。しかし、元広島カープの指導者を迎え入れ、今秋の中国大会にも進出するなど着実に成長を遂げてきている。
元広島の山本翔氏は、2017年夏に同校がある邑南町へ移住し監督に就任。しかし、1年目は0勝に終わり、頭を抱えた。選手たちは「甲子園で校歌を歌いたい」という夢を語るが、「まず浜山(県大会決勝で使用する球場)で歌ったら? そんなに甘くないけん」。一段ずつステップアップするように小さな目標を示し、全力疾走を徹底するなどの意識改革から手を付けた。
山本監督の指導者としての手腕は、すでに折り紙つきだ。2002年に入団した広島では1軍出場がないまま、2010年オフに退団。その後は会社員として働きながら「広島安佐ボーイズ」で小学生に基礎を教えた。2013年に広島経済大監督になると、翌年には全日本大学野球選手権に進出。その後「広島安佐ボーイズ」に戻り、今度は中学生の指導に力を入れた。さまざまなカテゴリーを指導した経験を、時にマスクを被りながら、1日3時間の練習で矢上野球部に注ぎ込んだ。
すると就任2年目の秋に成果が表れ始めた。初戦で飯南を15-0(5回コールド)と圧倒したのを皮切りに快進撃を続け、23年ぶりの県4強入り。3位決定戦では開星に12-14で競り負けたものの、両チーム合わせて38安打の打撃戦を展開してみせた。
わずか3年で頂点に…県内の勢力図を塗り替える存在感
「最初は全然勝てる気がしませんでした。ほとんどコールド負け。とにかく部活の時間が少ないので、何のために野球をやっているのか、目的をちゃんとイメージさせました。県大会初戦を突破する。そのためにはどう練習に取り組むべきなのかを、指導者が考えて、『はい』を言わせるんじゃなくて選手も考え、言葉にできることが大事だと思います。初めて勝てたときは嬉しかったですね。選手と握手して喜びました」
そして、翌2019年秋にはエース右腕・上田寛人投手(現大産大)を軸にトーナメントを駆け上がり、平田との決勝に3-1で勝利。同校初の県大会制覇を成し遂げ、「浜山」で校歌を歌ったのだ。
2020年には2年連続で秋季中国大会に出場し、1勝を挙げた。「ようやく甲子園という言葉を発してもいいのかな」。そう思い始めた矢先に21世紀枠候補の話が舞い込んだ。最終選考で漏れて甲子園出場とはならなかったが、中国地区代表校として21世紀枠候補の9校に残れた実績は、大きな自信になっている。
握手をして喜びを分かち合った2018年の初戦突破以降、同校は一度も初戦を落としていない。3年ぶりの中国大会進出となった今秋は、1回戦で広島新庄(広島)と対戦。中学のときに「浜田ボーイズ」のメンバーとしてジャイアンツカップに出場している最速143キロ右腕・皆吉赳翔投手が、力強いストレートを武器に4回まで2安打無失点。結果的に1-13(7回コールド)で敗れたものの、序盤に見せ場を作った。
数年前まで初戦敗退常連校だったことが、まるで嘘のようだ。悲願の甲子園初出場も、もはや決して夢ではない。
(喜岡桜 / Sakura Kioka)