試合前に鬼ごっこ? 人気すぎて募集停止…注目の学童チームが実践する「伸び伸び野球」
「東京バンバータJr.」は保護者の当番なし…ノーサインを徹底
野球人口が減少している中で、部員数が増えているチームが東京にある。2017年に設立された学童軟式野球チーム「東京バンバータJr.」の部員数は現在、86人。問い合わせは引きも切らないが、受け入れ態勢を考慮して募集を停止している状況だという。
人気の要因は、設立時から当番制を敷かないなど、保護者に負担を強いない運営体制を整えていること。さらに“ノーサイン”、“ノーバント”、“ノーティーチング”で子どもたちが主体となり、大人の顔色をうかがわず、伸び伸びプレーさせる方針が子どもたちのハートをつかんでいるようだ。
バンバータJr.の練習は「鬼ごっこ」から始まる。子どもたちが歓声をあげながらフィールドを走り回る。チームの代表を務める大越俊樹さんも参加し、笑顔を浮かべている。ただ走るだけなら、なかなかモチベーションは上がらないが、遊びの要素が加われば子どもたちの目の色は変わる。鬼は必死に追い、追われた方は懸命に逃げる。チームのトレーナーも公認のメニューで、練習への準備は完了。公式戦でもウォーミングアップは鬼ごっこを行うという。
活動時間は多くない。練習は土日のみ(祝日は原則休み=公式戦のみ活動)で、しかも“半日”に限定している。練習時間は2~4時間。練習を休むのも自由で、他の習い事やスポーツも推奨している。雰囲気は至って和やかで、子どもたちは大越さんを「コッシー」と愛称で呼びかけ、遠慮なく自分の意見を発する。子どもたちと対等の関係構築を目指すのが目的で、「“素”の子どもたちと触れ合いたい。まずは野球の楽しさを、子どもたちに味わってほしいです」と大越さんは語る。
チームの特徴の一つが、“ノーサイン”を徹底していること。試合で監督が選手にサインを出すことはない。子どもたちは自分たちで考え決断、実行する。打者が1球ごとにベンチを振り返って監督のサインを見るという光景が少年野球では“定番”だが、「サインは勝つための戦術。目先の勝利のためにサインがあるならば、それは次のステージでいいのかと思います」。小学生世代は「まずは打って投げて。そこに楽しさを見出してほしいと思います」と力を込める。
練習試合では1イニングごとに投手交代…全員出場を目指す
そこには「社会に必要とされる野球人を育成する」という思いがある。
社会情勢が変わっていく中で、必要とされる人物像も変わってきた。かつては忍耐強く、上司の指示を素直にこなすような人材が好まれる傾向にあったが、現代は個々がどれだけスキルを持っているかが問われる時代。能動的に動く意識を「野球というツールを通じて身に付けてほしいです」と訴える。大人の顔色をうかがわずに、自分の考えで行動できる選手を育成する方法として“ノーサイン”を実行している。
選手起用にも工夫を凝らす。“マルチポジション制”を敷き、様々な守備位置を経験させる。練習試合では1イニングごと、もしくは予定投球数で投手を交代させる。相手の了解を得られればリエントリーを取り入れ、ベンチ入り全選手を打席に立たせる“全員打順”を取り入れる。
「小学生の時点でここだけやっていなさいというのは可能性を狭めると思います」。野球はポジションによって動きが異なるため、そのポジションの大変さを身をもって知ってもらう意図もある。様々なポジションをこなすことで、仲間への“声掛け”の意識や“野球脳”も高まり、チームワークの重要性や守備の連係、走塁にも役立てられるという。
キャッチボールでは片方の選手が座り、“投球練習”の時間を必ず設けている。「ステージが上がると、どんどん(登板の)チャンスが少なくなります。1度でいいからマウンドという舞台に上がってほしい。いきなり登板だと緊張してしまうので、日頃からピッチングをして免疫をつけてもらおうと思っています」。
子どもたちが主体となった“楽しみながらの育成”
こうしたチーム方針から、トーナメント大会には多く参加しない。試合では勝利のためにベストを尽くすのが原則。負けられないトーナメントになると、どうしても選手起用に偏りが生じるためだ。「ベンチワークも勉強といいますが、試合に出た方が楽しいです。試合に出られると思うと、みんな集中します」。それでも昨年の「都知事杯東京都学童軟式野球大会」ではベスト4に進出。着々と力をつけている。
保護者が唯一協力するのはオープン戦での審判で、これも当番制ではない。高学年による紅白戦は、子どもたちが審判を務める。子どもたちが主体となって楽しみながら野球の実力を高め、野球を通じて社会に必要とされる人材育成も推進するバンバータJr.。現代の学童野球のあり方にふさわしい取り組みと言えそうだ。
(片倉尚文 / Naofumi Katakura)
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